切串 切串西沖・宇品航路

グーグル地図(大須・切串)切串・宇品航路 
切串西沖桟橋から、広島宇品桟橋の航路で、片道約30分ですが瀬戸の船旅を十二分に楽しむことができます。
また同じ航路を、上村汽船と瀬戸内シーラインの2社で、平日31往復運行しますので、船旅だけを目的に乗船し、ミニクルジングを体験することもできます。

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切串西沖桟橋の待合所にある二階グリルから、ビール片手に・・・(^_^;)です。

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瀬戸内シーライン所有のカーフェリです。
航路を横切るのは海上自衛隊の護衛艦です。

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上村汽船所有のカーフェリです。
右の島は似島で、三角の山は安芸小富士、標高278.1mです。
船は航路を右側通行で走ります。

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海と、空と、島と、光と・・・ヽ(^o^)丿です。

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遠くに雨上がりの元宇品と、プリンスホテル広島です。

 

霧で視界が数百mに下がった場合と、台風などの強風時には運休となりますが、刻一刻と急変する悪天候の中を高速で移動しながら、周囲を邪魔されることなく間近に観察できるのも、大型フェリー船の醍醐味で、最高のスリルに遭遇できる場合もあります。

 

特大の強化ガラスで仕切られ、空調完備の船内から見る自然の猛威、島の頂に落ちる稲妻や、轟く雷鳴、叩きつける大粒の雨、巻き上がる白波とガラスに張り付く塩の結晶、もしや竜巻かもと体のすくむ大きなツムジ風が走り去り、船底をドスンドスンと叩く波の衝撃で、胃液が喉元まで迫ったりもします。

 

が、そのすぐ後には雲の隙間から、幾筋もの光がさし込み、島を結ぶ七色の虹や、彩雲、海面までも真っ赤に染める夕日が輝いたり・・・。

瀬戸内海とはいっても海は海、天候とその景色は千変万化・・・(*^^*)です。

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天候と乗船する時間帯を調整すれば、島陰に沈む夕日が・・・ヽ(^o^)丿です。

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わずか三十分、されど三十分・・・

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切串西沖桟橋まで、あと20m・・・ (*^。^*) です。

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切串 牛石屋形石山

グーグル地図(大須・切串)牛石屋形石山 
牛石屋形石山のピークは、317mです。
山名の牛石屋形石の由来を読み聞いた覚えはないので、本当のところは???ですが・・・


当地の花崗岩は大きく方形に風化され、山上や海岸に
1個または数個が鎮座する場面をよく目にします。

そのような方形の大きな石を、島民がよく目にする、大型動物の牛にたとえて、牛石と呼び、また長方形に大きく残った大石を屋形石と呼び、やがてはその付近の地名に変わったのだろうと想像します・・・(*^_^*)です。

 

ちなみに、わが家の近くのバス停留所も、古くは牛石と呼ばれていましたし、県内他所でもよく耳にする地名です。

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西にある、クマン岳の麓からみた牛石屋形石山です。
なだらかな牛の背のような山ですが、ピークは右の山で317m、水準点は左の山頂で273.7mです。

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乾燥した山なので、モミジはあまり見ませんが、秋にはクヌギやヤマハゼ、ヤマウルシや、真っ赤に染ったハゼノキの紅葉が山肌を飾ります。

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赤い葉っぱはヤマウルシ、黄色と茶色い葉っぱはコナラで、緑はヒサカキです。

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山頂から南の方向、呉港を見ています。

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北の方向は、眼下に切串の街並みと、海の向こうは広島市の市街です。
撮影は2005年2月です。

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山頂はなだらかな山ですが、山裾が海岸にせり出しているため、海岸沿いに道路を作るのは容易ではなく、かって島の浦々を結ぶ道の多くは、山の谷筋から尾根にでて、牛や馬に積んだ荷物を、山と山との間、峠を越えて運んでいました。
また、重量物や、かさ張る荷物は船に積み、櫓や帆を巧みに操っては、浦々を廻っていました。
切串地区と隣の小用地区を結ぶ道路は戦後(昭和35年10月)になってやっと開通しました。

今では国道487号線に昇格した、この狭くて長いトンネルを抜けると切串の町です。

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牛石屋形石山の山裾、国道487号線の脇に牛の魂を弔う碑が建立されています。

切串 屋形石

グーグル地図(大須・切串)屋形石 
普通には半島全部を屋形石と呼びますが、正確には半島の先端部が屋形石で、ピークは標高28.0mです。
昭和??年まで先端部の退息所(宿舎)には灯台守が住み込み、その北300mの岩礁の上に立つ、屋形石灯台を維持管理していました。


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古鷹山山頂から見た屋形石の半島です。
この半島はすべて、私有地(中国化薬)となっています。
左下に見える大きな建物は、切串小学校と、今は廃校となった切串中学校です。
 
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画像は2003年2月に船上から撮影した、屋形石最北部の灯台守宿舎(退息所)です。
石造りの屋形石灯標(灯台)は、画像の右に切れて見えません・・・ m(__)m です。

屋形石の先端から北に
300mの岩礁の上に、石造りの屋形石灯標(灯台)が設置されたのは、明治372月ですが、それに先立ち明治363月に灯台守の退息所(住宅、事務所、倉庫、浴室や井戸)が、半島先端部に作られ今に残っています。

灯標も退息所も100年の風雪に耐え、いまだ健在ですが、退息所の建物は付近の土地と共に、戦後民間企業(中国化薬)に払い下げられ、陸上からは近づくことができません。


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画像中央の、黄色と黒に塗られた灯標が屋形石灯標です。

灯標は昭和59年3月、電源を太陽電池(蓄電池)に変更し、毎夜
660カンデラの白光を点滅させ、船舶の安全航行を見守っています。

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屋形石半島の付け根から北の先端部を見ます。
左の島は峠島です。


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この半島には、多数の地下壕?がくり抜かれています。

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リフォームすれば、桟橋付きのリゾートハウスとして、十分使えそう?・・・(*^。^*)です。

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マイボートを玄関横付けに、魚釣りも朝飯前にできます。

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半島は粒の荒い花崗岩でできており、波で削られて口を開いた岩の隙間に、きれいな水晶を見つけることもできます。

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屋形石の沖は呉港への主要航路で、海上自衛隊の艦船 や、IHI呉造船所で作られる、数十万トンの巨大船が行き来します。

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多くの海岸線は中国化薬の工場と、海上自衛隊の重要施設で占拠され、許可証をもたない者は立ち入ることができません。
が、・・・ある意味、乱開発から自然を守ってくれていたりもします・・・(^_^;)です。

切串 クマン岳

グーグル地図(大須・切串)クマン岳 
江田島町内では最も高い山で、標高は399.8m(国土地理院)です。
あと、20cmほど土を盛れば400mの大台?に乗れます・・・(^_^;)です。


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切串地区を沖の方から見て、中央のもっとも遠くに見える三角形の山が古鷹山で、画像の右側がクマン岳に通ずる尾根とその先に山頂、画像左の山が牛石屋形石山です。

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山頂に設置してあるクマン岳の由来書です。

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登山道の中腹から見る呉市坂町の海岸線と、細く長く伸びる特異な地形の屋形石半島です。

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谷筋の緩やかな登山道を15分も登れば、景色の良い尾根に出てきます。
沖には峠島が浮かび、その先には元宇品の山と広島市街が見えます。

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縦走路に開ける視界は超絶景です。
中央の、やや右下を走るフェリーボートは、切串、宇品間を30分少々で結びます。
遠くに見える白い大きな船は、マツダの車を海外に運ぶ自動車運搬船、その右の島が金輪島です。

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クマン岳山頂から見る、切串の街並みです。

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沖に浮かぶ大きな島は似島で、三角形の山は安芸小富士と呼ばれます。

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登山道に普通に見られるゲンカイツツジは、3月下旬から4月中旬が見ごろです。
また、少し遅れてコバノミツバツツジやヒメヤマツツジ、5月になれば眼に緋色のヤマツツジが咲き乱れます。


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時間は少し余分にかかりますが、そのまま山頂を通り過ぎ、帆かけ岩、古鷹林道(アスファルト舗装路)などを経由して切串に下山することもできます。
12月から2月頃まで、タマミズキの真っ赤な実が冬枯れの木立を彩ります。

切串 エセキ川

1)江田島町北部・河川名 
切串地区のもっとも西よりにクマン岳や大原山に降った雨水を集め、エセキ川が北流します。
エセキから江関、江田島の関所を連想しますが、江田島町史などにもそのような記載は見当たりませんし、地形や海路を見ても関所として利用されたとは思えません。

「エセキ」とは???とても???な川名、地名です。 

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(画像は国土地理院アーカイブ1981/09/17のコピペ・・・m(__)mです。)

このエセキ地区の山々は昭和40年代後半から50年代にかけて、大きく削られ、採取された土石は専用の運搬船につまれ、広島市の湾岸埋め立て事業に大きく貢献しました。

この一大事業の業者について、記録を調べてみたのですがはっきりせず、ネット検索にただ一件昭和55年 国土開発工業がロックベルトローダを開発し、江田島の土砂採取工事に採用。」と・・・。

そういえば、海岸道路の上に大きなベルトコンベアーが設置されていたような記憶が?・・・(^_^;)です。


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削り取られた山々は雛段状に整備され、農地あるいは工業用地?として利用される予定だったようですが?・・・。
諸事情により、現在は主に農地としてのみ利用されています。

少し放任気味の果樹園に、樹齢20年くらいのプルーンの花が満開・・・(*^。^*)でした。

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土石採取を逃れた、エセキ川源流に近い山間に僅かばかりの田んぼが作られています。
島内ではめったに見ることが無くなりましたが、人里を離れた谷合で清水清風を集め、秋には美味しいお米が黄金色に実ることでしょう。

なんとも、うらやましいかぎり・・・(*^。^*)です。

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もう大規模に農業を営むことが出来なくなった、おじいさん(おばあさん?)の自給自足農園・・・(*^。^*)です。

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水仙で囲まれた丘の上、ご先祖様もさぞご満悦。
イノシシさえ出なければ針金の柵は不要なんですが・・・。

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必要な水が確保できずに放置されてしまった畑に、ハゼノキが沢山の実をつけています。
 
ハゼノキは和ロウソクの原料として江戸時代に栽培が奨励され、中国あるいは琉球から移入したものが逸脱し野生化したものです。
江田島島内には普通に生育していて、秋には真っ赤な紅葉で山々に賑わいを見せますが、移入目的であったロウソク原料としての実が利用されることはありません。

他にも和紙作りを目的に栽培が奨励されたコウゾや、繁殖力が強すぎて管理しきれなくなったモウソウチクなども、もとは奨励されて移入移植したものです。

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エゼキ川源流、大原山の中腹にミモザ(フサアカシア)の黄色い花が咲き乱れます。
花卉栽培したものが逃げ出してしまったものか?、林野火災の後の治山事業で播種した種に交じっていたものなのか?・・・。

まっ、きれいな花だから ・・・ (*^。^*) いっか。

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丘の上から見る広島湾、左に似島安芸の小富士が尖ります。

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クマン岳登山道から見るエセキ地区と、左に幸ノ浦地区、沖に広がるのが似島です。

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エセキ川源流をめざし分け入った先に、アセビの群落が出迎えてくれました。
ただ残念なことに、この先は藪がひどく、源流の水を汲むのは諦めました・・・(^_^;)です。

切串 長谷川

グーグル地図(大須・切串)長谷川 
古鷹山系を分水とし、切串地区を東西に分断して流れる、江田島町内では最大長の川です。

この、長谷川の豊富な水資源を利用し、稲作や畑作が盛んでしたが、近年の農業不振で多くの耕作地が放棄され、見る影もなく荒れ果てた状態になっています。

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わずかに残った、手入れの行き届いた水田です。

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長谷川のもっとも魅力的な部分です。

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美しく清らかな流の川なのですが、水を求め、個々人が我先に引いた、塩ビ管には少し興ざめです。

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長谷川は、過去に何度も大水害を引き起こしています。

切串おかげさん祭 
チラシの一部をコピペ・・・(^_^;)です。

長谷川では、毎年7月に「おかげんさん」が行われます。

「おかげんさん」は厳島神社の管弦祭に由来したお祭りで、麦わらで作った船体に願い事を書いた短冊や色紙などを飾り付け、ろうそくの灯をともして川に浮かべます。

昔は引き潮に乗せて、海へと流していましたが・・・(*^_^*)です。

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「おかげんさん」の1週間前、祭で長谷川に浮かべる、わら船が準備されていました。

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祭には沢山の提灯も飾り付けられます。 

切串 正念寺

グーグル地図(大須・切串)正念寺

正念寺は大歳神社からは長谷川をはさんで西方の小山に建立されています。

400年以前に道場としてあったとされますが、現本堂は大正3年に広島市松川町法正寺本堂を移築したものです。

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ナガバミズアオイと正念寺への参道です。

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盆花、精霊花とも呼ばれるミソハギの向こうに、正念寺本堂です。

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オニユリの花の下の鐘楼です。

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お寺にはソテツが似合います。

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親鸞聖人立像の下に鎮座の鬼瓦は、昭和55年、本堂の屋根を銅板に葺き替えた際に、降ろされたものです。

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江戸期の作だろうと思いますが、ハートマーク?が・・・(・_・;)です。

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境内から見た長谷川の支流です。
島とは思えぬ水の豊な地区ですが、それでも晴天が20日も続けば、お百姓さんの顔は青くなります。

切串 大歳神社

グーグル地図(大須・切串)大歳神社 
大歳神社の祭神は大歳ノ神で、稲作の豊穣を司るといわれます。
また、宮島の厳島神社を建てるさいに、余った切りくずを貰い受けて大歳神社の建築材としたため、その「切りくず」がなまって、「切串」の地名が生まれたといわれます。

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大歳神社参道の鳥居です。

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社殿正面です。

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樹齢三百年と言われるクスノキの古木には、しめ縄が張られています。

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銅葺きの屋根に葺き替えられたのは、昭和55年です。

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奉納画には昭和35年9月吉日とあります。
絵はヤマトタケルのクマソ退治です。


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奉納写真です。

現在の本社は紀元二千六百年を記念に、1940年昭和15年に改築されました。

写真の左余白に、「昭和16年12月1日 呉鎮守府許可済」とあります。

真珠湾攻撃の1週間まえ・・・(_;)です。

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参道鳥居の脇には、この切串地区を襲った昭和20年大水害の慰霊碑が建立されています。

江田島市(Google)地図

グーグル地図を利用させて頂きました・・・m(__)mです。


大きな地図で見る

江田島市は2004111日に、安芸郡江田島町及び、佐伯郡大柿町、能美町、沖美町の4町が合併して1島1市となりました。

総面積100.98k㎡ 、総人口は26.703(2012/05/31)で主な産業は、牡蠣養殖と、蜜柑栽培です。

江田島の周りには有人島の沖野島や、県内最大の無人島大黒神島(7.25k㎡)、大奈佐美島、絵の島、小黒神島、長島、引島、安渡島があります。

また、島内での最高峰は野登呂山(542.2m)ですが、奇岩絶景の陀峯山(438.0m)や、ロシア艦隊の防備に構築された砲台山(401.8m)、希少種ゲンカイツツジの咲くクマン岳(399.8m)がそびえ、海軍兵学校生徒の訓練場であった古鷹山(394.0m)と、その山麓には今も当時のままに、海軍兵学校の校舎や講堂、記念館(現海上自衛隊幹部候補生学校及び海上自衛隊第一術科学校)、が残ります。

他にも青い海と、白砂青松の江田島ならではの海遊びが体験研修できる、「国立江田島青少年交流の家」や、全国的にも珍しい海の上に建ち、源泉かけ流しのお湯と新鮮な魚介類が味わえる「国民宿舎能美海上ロッジ」、遠く瀬戸の島影に沈みゆく夕日が満喫できる「サンビーチおきみ」などもございます。

 


江田島市の郵便番号区分

町 名  地 区 名
江田島町
(〒737)
切串 (〒2111)
小用 (〒2121) 
秋月 (〒2131) 
江南 (〒2132)
鷲部 (〒2133)
中央 (〒2122)
国有無番地 (〒2123)
宮ノ原 (〒2124)
大原特借宿舎(〒2125)
津久茂 (〒2126)
大須 (〒2113)
幸ノ浦 (〒2112)
大柿町
(〒737)
飛渡瀬 (〒2101)
柿浦 (〒2211)
大君 (〒2212)
大原 (〒2213)

深江 (〒2214)
小古江 (〒2215)
能美町
(〒737)
中町 (〒2301)
鹿川 (〒2302)
高田 (〒2303)
沖美町
(〒737)
岡大王 (〒2311)
畑 (〒2312)
是長 (〒2313)
美能 (〒2314)
高祖 (〒2315)
三吉 (〒2316)

 

江田島市の主要海岸地名

町 名港 湾 ・ 海 岸 地 名
江田島町切串西港
屋形石
切串東港
切串海自弾薬庫岸壁
小用中国火薬岸壁
高須ノ浜
小用北港
小用魚港
小用フェリー桟橋
小用海自桟橋
秋月米軍岸壁
秋月港
江南海自岸壁
秀崎
鷲部海岸
鷲部矢ノ浦港
海自術科学校ポンド
キサキ鼻
世上漁港
津久茂港
津久茂海岸
大須海岸
鼻グリ
大須港
椎ノ木鼻
幸ノ浦船泊り
大柿町内海港
外海港
柿浦漁港
鳶ヶ鼻
引島
大柿港
明神鼻
常ヶ石崎
長浜海岸
長瀬鼻
柿木鼻
親休鼻
長島
茶臼山海岸
沖野島
島戸海岸
周寄鼻
沖野島海の駅
深江漁港
大附海岸
大原港
小古江海岸
能美町トトウガ鼻
能美海上ロッジ海の駅
長瀬海岸
松ヶ鼻
鹿川港
大矢海岸
大矢鼻
高田港
中田港
中町桟橋
沖美町三高港
安渡島
赤曲鼻
畑漁港
是長港
入鹿海岸
入鹿鼻
鹿田港
鹿田海岸
大黒神島
小黒神島
美能南港
能美島
豪頭鼻
岸根鼻
美能漁港
高祖海岸
大奈佐美島
絵の島



江田島市の山名と標高

町 名  山 名 「 標 高 」
江田島町屋形石 「20.0m」
牛石屋形石山 「317.0m」
小用山(水晶山) 「186.0m」
古鷹山 「394.0m」(392.0m)
飛迫山 「179.9m」
仏ノ塔 「205.1m」
御鉢山(津久茂山) 「263.0m」
大須山 「259.5m」
大原山 「345.0m」
クマン岳 「399.8m」
大柿町引島 「?m」
常ヶ石 「42.0m」
陀峯山 「438.0m」
親休鼻 「42.5m」
長島 「88.0m」
茶臼山 「11.0m」
沖野島 「95.7m」
立山 「149.1m」
真道山 「286.6m」

能美町松ヶ鼻 「43.9m」
大矢鼻 「68.6m」
野登呂山(宇根山) 「542.0m」(542.2m)

沖美町砲台山 「401.8m」
赤曲鼻 「64.0m」
櫛ノ宇根(大黒神島) 「460.3m」
入鹿鼻 「127.3m」
小黒神島 「130.2m」
豪頭鼻 「107.4m」
岸根鼻 「49.0m」
大奈佐美島 「34.0m」
絵の島 「35.1m」
安渡島 「10.6m」

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