小用 小用旧北官舎

1)江田島町北部・小用官舎 
島に見る、古くからの街並みが、整然と並ぶことなどありえないし、まして、上り坂の道がまっすぐ上に伸び、車が交互通行できるように計画されるなどは、ごく近年になってからの開発地にしかありえないことです。

アーカイブ1947・小用官舎 
画像(アーカイブ空撮)は、1947年撮影の小用北官舎地区です。
いま、国道487号線として使用されている道路よりも、官舎の脇を通る路地?の方が幅広く造られています。

この官舎が作られたのは、太平洋戦争の開戦前夜、海軍兵学校の生徒数が大増員されたため、急遽、兵学校教職員を多く招へいするためでした。


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急造の官舎ですが、基礎となる花崗岩の石組はりっぱで、二軒長屋のそれぞれに玄関と、それに通ずる、すてきな石段があります。
戦後、すべての建物が民間に払い下げられました。

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黒っぽい板壁に、ヘチマの黄色い花が・・・(*^。^*)です。

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建物は築70余年であっても、いまだにガッシリと見えますが、・・・

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人が住まなくなった家々が目立つのは、なにも、この地区だけのことではありません。
二軒続きの長屋を切り離し、隣の家は新築されました。
 

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入口の石段は、花々の、最高の展示スペースとなり、 白い花崗岩の、端正に組まれた石垣の上からは、ルリマツリの青い花が咲きこぼれています。

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赤い、彼岸花も、いいなぁ~~~(*^。^*)です。
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小用 江田島海運・冨美船舶

1)江田島町北部・船舶会社 
江田島町小用港は、広島港や呉港に近く、巨大船の出入港支援に便利な位置にあります。

また、造船、鉄鋼その他の重工業地帯が目の前にあって、海上輸送が必要な大型の重量物が日夜、生産消費されています。


その、地の利を生かして、大型のタグボートを運航する海運会社が2社もあります。

「江田島海運」と「冨美船舶」で、小用港内に数隻の大型タグボートを所有し係留しています。



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早朝、朝日を真横に受け、現場へ急ぐ江田島海運の「山陽丸」279トン、4,200馬力です。 

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朝もやをついて出航する、冨美船舶の「第二十八冨美丸」135トン、馬力は不明です。

蛇足ですが、あるプログ記事に、2012年6月29日現在、海底ケーブル工事の支援で、函館港に停泊していたとか?

135トンのタグボートが、江田島から北海道まで行くなんて、すっげぇ~~~・・・ヽ(^o^)丿です。


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小用港の専用桟橋に舫う江田島海運の「山陽丸」と右に「早鞆丸」196トン、2.800馬力です。
その後方にもう一隻いますが、船名は?・・・m(__)mです。


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個人所有?江田島市船籍のタグボート「第三青龍丸」仔細不明・・・m(__)mです。

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日新製鋼へ鉄鉱石を運んできた、10万トンクラスの鉱石運搬船です。
早朝の逆光で見えにくいのですが、船首に一隻、船尾に一隻のタグボートが巨大船を荷揚げ埠頭へと引っ張ります。


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台風を予感する、不気味な雲の下でも躊躇することなく・・・(*^。^*)です。

小用 江田島造船所

1)江田島町北部・江田島造船 
ラジオで聞いた話だったか?、テレビで見た話だったか?、本で読んだ話だったか???・・・

 

青い海に突き出した、白っぽい花崗岩を隙間なく積んだ波止、その先端に建つ、白い小さな灯台を回って、一隻の木造船が桟橋に着きます。

丘の上には、除虫菊の白いうねりが何本も続き、その下に小さな小学校があります。

校庭で遊んでいた子供たちが、一斉に飛び出してきて、桟橋に着いた白い船体に赤い屋根をした木造船の廻りに集まります。
一人二人と、細い路地からあらわれて、遠巻きに桟橋を囲む大人たちは、それぞれ手に数冊の本を持っています。

 

瀬戸の島々を巡回する、船の図書館「ひまわり」のお話でした。

そして、その「ひまわり」を作った「江田島造船所」が小用の町外れにあります。

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広島県立図書館が発注し、瀬戸の島々を巡る移動図書館として運用していた、文化船「ひまわり」です。
昭和36年、江田島町小用の江田島造船所で建造された、総トン数19,75トンの、白地に赤い屋根の木造船です。
昭和37年4月1日の就役から、昭和56年7月31日に廃止されるまでの間、 東は福山市の走島から、西は大竹市の阿多田島まで、地球を2周半する距離を走りました。


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10年ばかり前に、200万画素の単焦点カメラでの撮影です。
少し読みにくいかも・・・m(__)mです。

この「ひまわり」は、大三島の瀬戸田町に保管展示されています。
 

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定期検査のために、江田島造船所の浮ドックに入渠した、海上保安庁第六管区徳山所属の巡視艇、PC53「なち」です。
自動車の車検と同じように、船も毎年の年次検査、又は中間検査と、船種により違いますが2年から6年目に巡る、定期検査を受けなければ使用することができません。
 

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江田島造船所の、749トン浮ドックに入渠中の貨物船は、岡山県笠岡が船籍の「第五近洋丸」699トンです。

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旧江田島造船所の敷地が、国道487号線の付け替え工事と、小用港港湾整備の障害となったため、平成21年3月、代替え地に新工場を建設し、装備も一新しての事業再開です。

以下は、江田島造船所のHPにある、社長あいさつからの抜粋です。

実力の差=努力の差
実績の差=責任感の差

人格の差=苦労の数の差
であることを肝に銘じ、
お客様からの要望に対して誠実に対応し、
信頼される造船所であり続けたい。


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左の浮ドックは新規に調達した、最大入総トン数999トンの1号浮ドックで、右の2号浮ドックには、749トンまでの船を入渠させることができます。

画像の上方にある丸い物体は、たぶんミカン畑に残っていたネーブル?の実、UFOではありません・・・m(__)mです。


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移転したばかりの江田島造船所に、虹のアーチ・・・(*^。^*)です。

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古くにパソコンに取り込んでいた画像ですが、出所が不明です。
参考画像として、使用させていただきます・・・m(__)mです。

戦後すぐの江田島造船所と、前方の海上には戦艦榛名です。
造船所の屋根には色は不明ですが、迷彩模様が見えます。
又、スベリには修理中?の船が引き揚げられています。

戦艦榛名は、燃料の不足から当地に錨泊したまま、20年7月24日と28日の2度にわたる空爆を受けて、大破着底しました。
なを、昭和23年5月2日から解体作業が始まり、7月4日には完了したとあります。

小用 深田サルベージ

1)江田島町北部・深田サルベージ 
明治43年に、広島県呉市で深田海事工業所として発足ました。
戦後、社名を「深田サルベージ建設」と改めましたが、昭和45年、山口県柱島沖に沈んだ、戦艦陸奥の引き上げに成功したことで、一躍、世界的にも有名な企業となりました。

江田島町小用には、深田サルベージの江田島支所があり、柱島で引き揚げられた、戦艦陸奥の船体は、この江田島町小用支所に陸揚げされました。

当時、フェリーに乗って江田島に渡り、ゴロンと横たわった巨大な大砲や、ビルディングのようにそびえ立つ、船体の前部など、何枚かの写真を撮った記憶がありますが、そのフィルムどこへ仕舞ったんでしょうねぇ~・・・(^_^;)です。

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江田島事業所で作業中の巨大クレーン船「駿河」です。
右下に作業員が5,6名いますが、・・・え、えぇ~~~です。

ちなみに、駿河は深田サルベージで3番目の巨大クレーン船で、巻揚げ荷重2,200トン、2番目の「富士」が3,000トン、さらに世界最大3,700トンを持ち上げる、クレーン船「武蔵」を所有しています。


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横から見たクレーン船駿河です。

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江田島市の、海上自衛隊第一術科学校グラウンドには、深田サルベージが引き揚げたものと同じ、戦艦陸奥の四番砲塔が鎮座します。

が、この四番砲塔は、戦艦陸奥が爆沈する前に換装され、教材用として、すでに陸揚げされていたもので、海底から引き揚げたものではありません。

柱島沖の海底から引き揚げた、戦艦陸奥の大砲やスクリューは、現在、呉市の海事博物館に展示され、陸奥の艦首を飾った菊の紋章は、海上自衛隊第一術科学校(旧海軍兵学校)の教育参考館に展示されています。

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海上自衛隊で使用した、SS-579・潜水艦「あきしお」2,200トンです。
1985年に神戸三菱造船所で進水し、退役後「てつのくじら館」として再生され、海上自衛隊の広報を主に、体験設備や展示資料をそろえ、2007年4月から呉市宝町で一般公開されています。

この潜水艦を海中から引っ張り上げたのが、深田サルベージの巨大クレーン船「武蔵」です。


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2013年春の開通をめざし、工事中の第二音戸大橋?です。
この、アーチ長192m、重量約3,500トンを持ち上げ、橋脚に据え付けたのも「武蔵」です。

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クレーン船「駿河」の後方は、同じく深田サルベージ所有のデッキバージ、「オーシャンシール」24,000トンです。
船体に海水を入れ、デッキ面を海面下まで沈めることも可能です。

デッキ上に搭載している船は、博多沖で座礁し沈没したセメント船を引き揚げたとか?で、当地まで回航して、地元の廃船解体業者に引き渡す途中?のようです。


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小用沖を、2隻のタグボートで曳航中の、クレーン船「武蔵」です。
吊り上げフックの下で、小さく見えるのは、広島、松山間を走るクルーズフェリーの「四万十川」です。

小用 江能上水道 前早世浄水場

1)江田島町北部・前早世浄水場 
生活のための最大必需品は、 ガス < 電気 < 衣料 < 食料 < 水 、です。
その、もっとも必要な水が、慢性的に不足していた江能4町に、昭和40年6月16日、広島市戸坂の太田川から取水された水が、呉市天応の落走を経由、海底に敷いた送水管を満たして、江田島町の高須海岸へと上陸し、前早世の浄水場へと流れ込みました。

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高須海岸から見た呉市天応です。
対岸までの1,840m、送水管は海底を這っています。

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高須海岸の、砂浜の下から頭を出した送水管は、国道487号に沿って、前早世の浄水場につながります。

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海底送水管の表示プレートが新替えされています。
付近には、海底送水管が海水で錆びるのを防ぐための、電食防止装置も設置されています。


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前早世浄水場の沈澱池です。
水道設置計画時(昭和37年?)の給水計画人口は、46,000人でしたが、現在の江田島市(江能4町)の総人口は27,000人に激減・・・(^_^;)です。


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前早世浄水場の入口にある、通水記念碑です。 

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天災は忘れた頃にやってくる・・・(^_^;)です。

蛇口をひねれば、飛び散る勢いで流れ出す、その水が、どこから流れ来るかも忘れた、2006年8月25日、江田島市の水道蛇口からは一滴の水も出なくなってしまいました。

江田島まで水を送る、広島県営の送水トンネルが、海田町内で崩落し、外部とは一本の送水管としか繋がっていない、江田島市の水道管は、瞬時に干上がってしまいました。

スーパーの店頭には、全国から集めてきたというポリタンクが並びましたが、水源が無くては・・・(・_・;)です。


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こんな時、頼りになるのは自衛隊さん・・・(*^。^*)です。
いやぁ~、助かります。
きびきびした動作で、男前、力もありそうだし、たのもしぃ~~~です。
海田の13師団だったけか?

他にも、全国から沢山の御援助をいただき、ありがとうございました・・・m(__)mです。
 

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あらためて、昔の人々の苦労を思い知り、いざという時の備えの大切さを・・・(^_^;)です。

小用 中国化薬

1)江田島町北部・中国化薬  
江田島町北東部の海岸に、市内最大企業の「中国化薬」江田島工場があります。
創業は昭和22年ですが、昭和25年4月に、旧海軍工廠火工部第二装てん工場跡地(江田島町小用5丁目)を借り受け、砲弾の解撤作業(分解作業)から事業をはじめました。

危険な火薬類を扱う企業ですが、付近に人家の無い、海沿いの好立地を得て大きく発展し、現在では、各種火薬類、火工兵器の製造販売、処理、および医薬品の研究開発、清涼飲料水販売など多方面で業績をあげています。

また、自社専用フェリー「マイト丸」を所有し、本社のある呉市天応と江田島工場の間を結んで、物資、車両、人員を移送をする自前の航路をもっています。


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「中国化薬」江田島工場の正門です。
目的のない、一般人の工場立ち入りは許可できない、と言われました・・・(^_^;)です。


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工場を囲う、金網越しに見える内部の諸施設です。
曲がりくねったパイプや、煙突らしいものがありますが、なにがなにやら???(^_^;)です。

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画像は、「中国化薬五十年史」(平成13年)よりの、拝借画像・・・m(__)mです。


昭和25年頃の撮影で、一ツ小島?と呼ばれる海岸付近での砲弾解撤作業(分解作業)の様子です。

戦艦大和や武蔵に搭載されていた、46cm砲弾なども多くが当地で分解されました。
長く海中に投棄されていたために、赤錆て固着した信管を取り外す場合など、砲弾に馬乗りとなってタガネを押し当て、ハンマーで力任せに叩いたとか・・・
(_;)です。



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同じく、「中国化薬五十年史」から拝借した、砲弾と発射薬の説明図・・・(^_^;)です。

これは当時最先端の、戦艦大和や武蔵が搭載した46cm主砲から発射する砲弾と発射薬です。
主砲の発射手順は、まず砲の裏蓋を開き、砲弾を砲筒の先の方まで押し込み、さらに、その後ろのスペースに330kgもの発射薬を詰め込み、砲の裏蓋を閉めて、電気着火します。
すると、発射薬の爆発圧力で、重さが1,460kgもある砲弾が、射程42,030mの彼方までぶっ飛んでいきます。

スケールは大きいのですが、昔の火縄銃と大差ないような・・・(*^。^*)です。


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江田島町にある、海上自衛隊第一術科学校(旧海軍兵学校)に展示されている、戦艦大和の46cm主砲用に作られた、九一式徹甲弾です。
安全のため信管や、炸薬(33,85kg)は取り出してありますが、ほんまもんの砲弾です。

中国化薬では、こういった砲弾からも炸薬を抜き取り、砲弾は鉄くずとして製鉄所へ送り、炸薬は、鉱山用のダイナマイト(コーズマイト)などに加工して販売しています。


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お尻を見せる青い船は、中国化薬所有の、専用フェリー「第六マイト丸」です。
本社のある呉市天応と江田島工場を定期的?に往復します。
建造は呉市の神田造船所で、総トン数199トン、竣工したのは2012年です。

右から横切る、今にも沈みそうな灰色の船は、海上自衛隊呉警備隊所属の真水運搬船「YW22」です。

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目いっぱいの望遠で、しかも岩陰に隠れて写した、隠し撮り画像?・・・(*^_^*)です。

昔、知人から聞いた話では、中国化薬のマイト船は、ニトログリセリンを燃料にして走るから、いざとなれば煙突から黄色い炎を上げ、ロケットのように進むと・・・。

第六マイト丸は、たぶん一般船と同じ、重油を燃料にして走ると・・・(*^。^*)です。

第五マイト丸 
グーグル画像です。
きれいに整備された、工場敷地と岸壁に横付け中の、先代の「第五マイト丸」が見えます。
先代の第五マイト丸は、暗いグリーンで、いかにもマイト船って感じでしたが、第六は軽快にスカイブルーで・・・(*^。^*)です。

余談になりますが、江田島工場の敷地内には、島では珍しく「水」のつく地名、「水ヶ浦」があります。
古鷹山系の、固い花崗岩の割れ目から、チョロチョロと浸みだす、おいし~い水を使って、各種清涼飲料や、第三類医薬品ドリンクの「ハイクロミン」とかを作っている?の、かも・・・(*^_^*)です。

小用 農地・農道

林道・農道・登山道(小用農道) 
小用地区は平地が少なく、海岸から民家の路地を抜けると、すぐに段々畑、そして切り立った古鷹山系へと続きますので、農道と呼べるものは?・・・(^_^;)です。

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段々畑に植えられた、温州系のミカンです。
10月には、今、緑に見える葉っぱが隠れ、すべてミカンの黄金色に変わるのですが、その時期に近づくと、たぶん、警察に通報されます・・・(*^_^*)です。


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この辺りにも切れ目なく、ミカンの木々で埋まっていたのですが・・・

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昭和40年代までは、一つも残すことなく、商品として店頭に並んだハッサクですが、 今はカラスも敬遠する状況です。

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ミカン山に残る、ただ一本の・・・(^_^;)です。

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数百本は植わっていた、ミカン山も、数年手入れを怠ると、あっというまに、原始林?にもどってしまいます。
その、ミカン山の頂上には、いま最先端・・・携帯電話のアンテナ塔が銀色に輝いています。


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都会で会社勤めをしていた息子が、定年になって帰ってきました。
頭に、カッカ炎をあげて頑張ってはいますが、百姓仕事はなかなか・・・(*^_^*)です。


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まずは、数十年分の灌木と雑草を刈り取り、大繁殖したイノシシが畑に入らないようにしなければ・・・

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雪をかぶったレモンです。
果樹栽培は、たとえ十年間りっぱに育て上げたにしても、ただ一度の冷害や、渇水、塩害をうけただけで、全滅することもあります。


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昭和30年代、全国でも有数の綿羊生産地として、町内で羊市まで立ったといわれますが、今残るのはこの羊魂碑のみです。


小用 古鷹登山道(小用側)

林道・農道・登山道(小用登山道)  
黄色い実線が、古鷹山系の主要登山道です。
他にも多くの道があるのですが、季節的なものだったり、一時的な作業道だったりで、3ヶ月前に歩いた道でも、その後の状況で、通れない場合があります。 

しかも、近年イノシシが大繁殖し、縦横にケモノ道を作っていますので、さらに、ご注意が必要です。

彼らの作るケモノ道は、部分的には人の作った登山道よりも、立派な場合があります。
が、これは便利だと進んでいくうちに、徐々に道を見失い、気が付けばイバラのトゲに手首足首をとられ、首を動かすこともできない状態となって、初めてイノシシの計略に気づくこととなります。

実際、両手両足、襟首をイバラにからまれて、息をするのも危険な状態になりましたが、辛うじてトゲから外れた右手で、少しずつ首の周りのイバラを振りほどき、やっとこ窮地を抜けたことがあります。

この話を知人にも話し、気を付けるように言ったのですが、まったく同じ状態になったと、後日聞かされました。
ケモノ道の先に数本のイバラを見たら、隙間を抜けようなどということは考えず、大きく迂回するか、元の登山道まで引き返すべきです。


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登山道の脇に自生する、ヒメヤマツツジと、その眼下には小用の街並み、そして海の向こうは倉橋町の音戸付近です。

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登山道沿いの、日当たりに咲くゲンカイツツジです。

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落ち葉が降り積もった登山道、めったに歩く人はいないようです。

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木々の枝先では、もう、春の準備が調っています。

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登山道の尾根から見る、小用の港と町です。
倉橋島の向こうの水平線には四国連山が見えるはず?ですが・・・


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右に首を振れば、 旧海軍兵学校(現海上自衛隊第一術科学校)と波静かな江田内湾、そして能美島、黒髪島、はるかに霞むのは周防大島かも・・・(*^_^*)です。

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正月7日、新春を祝って、紅白じゃなく・・・緑白の色景色・・・(*^。^*)です。

小用 古鷹林道(小用側)

1)江田島町北部(林道・登山道)  
林道散策だけですと、どちらの登山口に向かって歩いても、3時間あれば余裕でたどり着けます。
平日ですと、途中まったく人を見ないこともありますが、気候の良い時期には、歩行者2人、車2台くらいと出会いますので、道の中央は避けて歩いて下さい・・・(*^。^*)です。


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案内板のとおりです。
エニシダや、メラノキシロンアカシアは、治山のためヘリコプターから撒かれたもので、大島桜、八重桜、ソメイヨシノ、ヒロシマエバヤマザクラ、シャリンバイ、ツバキ、ヤマモモ、マテバシイ、ウバメガシ、エゴノキ、ツツジ類、サツキ類、他、多種類の樹木が植林されています。

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林道入り口付近、元は畑があった荒地に、アジサイが1本残っていました。

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乾燥の激しい東斜面の林道ですが、わずかな水分を見つけて、ネジバナが咲いていました。
蜜を求めて訪れたのは、ヤマトシジミです。


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林道の上に枝を伸ばした、ヤマザクラです。
山火事の炎の下で、土をかぶっていた種が芽生えました。

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谷筋で、霧雨に濡れるシリブカガシの樹林です。
まだ若木ですが、根元から束になって立ち上がります。

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シリブカガシの樹林を過ぎると、眼下に視界が開けます。

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白い航跡を残して、左へ進む船は潜水艦、中央のもっとも高いピークが呉市の休山(497m)です。

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秋、林道脇から張出した、ヤマグリの枝が風にあおられて、ポットンコロコロ、クリの実を落とします。
この時期、地元の登山者は皆ヘルメットを被り、手袋をして、火箸と高枝剪定ばさみを持って歩きます。
豊作の年には、大きな段ボール箱を背負って登ってくる人も・・・(*^。^*)です。


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・・・って、上の画像は、やらせ画像・・・(^_^;)です。
もちろん、説明文も大嘘・・・m(__)mです。

でも、タイミングが良ければ、ポケットに一杯の、クリの実を拾うことは簡単です。
イノシシさんも、クリの実は大好きですので、取り合いで喧嘩しないでくださいね・・・(*^_^*)です。

小用 小用沖航路

江田島市地図グーグル(大型船航路) 
江田島の沖を、主要航路が一周します。
江田島の北には広島港、東には呉港がありますし、大型船を専門に作る造船所や、大量のコークス、鉄鉱石を必要とする製鉄所、さらには岩塩の集積所や、石油の備蓄タンクなどが近隣にありますので、島の周りをたくさんの船舶が行き来します。

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鉄鉱石を満載して、日新製鋼の岸壁に向かう10万トンクラス?の鉱石運搬船です。

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「ぱしふぃっくびいなす」  Pacific Venus です。

何処から来て、何処へ行くんでしょうねぇ~。

ちなみに、201296日(木)神戸を出港して翌日横浜に入港する、12日の料金(神戸・横浜ワンナイトクルーズ)だと、35,000円~122,000円と、パンフにありました・・・(*^_^*)です。

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広島宇品を母港とする、クルーズ船「銀河」です。
船上ウェディングにご利用くださいって、パンフにありましたが、予定が無いしなぁ~・・・(^_^;)です。 


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深田サルベージのクレーン船「武蔵」です。
呉の、海事博物館前の交差点で、信号に引っ掛かり、立往生している潜水艦を、海中から引き揚げたのは、この武蔵の3700トンクレーンです。

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海上自衛隊の補給艦「とわだ」を追い越して行く、機帆船「福井丸」191トン、就役は昭和29年です。

船首に揚げた三角の帆に風をうけ・・・

金毘羅船々
追風(おいて)に帆かけて
シュラ シュ シュ シュ ♪  ♪  ♪  ・・・(*^。^*)です。


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オーストラリア海軍のフリゲート艦「バララット」です。
オーストラリアの水兵さんは、半ズボンを履いてたと思うんですが???


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海上保安庁の巡視船PLH-21「みずほ」です。

第四管区 名古屋海上保安部が所属で1986年に就役しました。

船体が赤錆ていますので、マラッカ海峡あたりから帰ったばかりかも?・・・(*^^*)です。


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海流に乗り、時に、アジア系の漂流者が流れつくことも・・・
遠き島より 流れ寄る 椰子の実一つ ♪ ♪ ♪ (*^。^*)です。
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