秋月 梅谷山大行寺

2)江田島町南部・秋月大行寺 
秋月の町は、傾斜のきつい東向きの雛段に、三人官女、五人囃子と、雛飾りのように整然と並びます。
その雛段の中央に、浄土真宗本願寺派梅谷山大行寺が門を構えます。
 

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雛段に並ぶ秋月の家々には、日の出と同時に朝日が水平に差し込みますが、海面に写る日光とが二重になった光軸が、真っ先に照らし出すのが、大行寺本堂の前に掲げられた、この梅谷山の寺額です。
 
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「広島県仏堂明細帳」(明治16年ころ?)に、広島県管下安芸国安芸郡江田島村字秋付浦真宗道場、天保13年(1842)再建、との記録から、前身はそれ以前にさかのぼることができます。
また、当時の信徒は1145人ともあります。

昭和17年、道場から「秋月教会」となり、昭和28年の宗教法人法により「大行寺」となりました。

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現在、本堂の屋根を修理中です。

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消火用水として、本堂の屋根に降った雨水を貯めおきます。

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いらかの波に、ひときわ大きくうねるのが、大行寺本堂の大屋根・・・(*^。^*)です。
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秋月 導神社

2)江田島町南部・秋月神社 
秋月の地名は、秋付とも呼ばれ、古くは近郷の小型船が、冬の北風を避けるために、秋になれば、この港に船をつなぎ替えた事からだ、とも言われます。

また、秋月からさらに南に下がった位置には、フユノ浦と呼ばれる地名もあります。

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秋月港から、少し南に下がった丘の上に、秋月導神社が鎮座します。
石組の大きな鳥居が建ち、丘の上まで真直ぐに続く花崗岩の階段には、ちょっとした驚きを感じます。

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花崗岩の急な石段を登り切った境内には、日本刀のような反りのある大鳥居がそびえ、石柱には明治44年4月吉日の文字が刻まれています。

秋月導神社の元は、若宮(本宮は不明)として小さな祠で祭られたようですが、享保9年の大飢饉を収めるため、秋月の北方イケハマに社殿が造営されました。
その後、明治44年には大鳥居も造られていましたが、秋月弾薬庫の拡張に伴い、昭和14年4月に当地、タカノに移転再建されました。

古記録には、秋付に若宮ありと記載され、本宮の分霊を祭っていましたが、享保の建立から15年経った屋根補修の棟板には黄幡大明神(スサノオ尊に結びつく猛神)とあり、その後には天狗様の原形といわれる、猿田彦尊も合祀されました。


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大きな社殿(拝殿)ではありませんが、品格がただようりっぱな造りです。

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畏れ多く、内部をうかがうことはできませんが、秋月導神社本殿です。

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拝殿内部です。
秋月出身者同級生の、還暦祝いを記した奉納が多く見られます。


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お祭りの奉納品に付けられた、お札が集めてあります。

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境内には桜の老木も多く、お花見には最適の場所・・・(*^。^*)です。

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ただ、帰りの石段は勾配が急で、海まで一直線ですので、飲み過ぎにはご注意・・・(*^_^*)です。

秋月地区古地図(1825) 
江田島町秋月付近の古地図です。
秋月(秋付?)の北に若宮、若宮鼻があります。
南に下った位置には、フユノ浦もありますが、現在のように海岸を行く道路はなく、山の尾根を伝い、あるいは谷筋から登り、低い峠を越えて隣の集落へと通じていたようです。

また、秋月から小用に向かう峠を、今は「しびれ峠」と呼びますが、この地図には「耳タレ山」、他の記録に「日本のぞき」などの記載もあって???です。

小用 レアな乗り物?

1)江田島町北部・小用 
とくに、小用地区内だけで見れると言うわけではありませんが、珍な乗り物?を集めてみました。

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マツダの三輪トラックです。
T2000だと思いますが、ウインカーやバックミラーが違っているような???です。
フロントに開いた吸気口は、ターボじゃなくって、たぶん普通にエンジンの頭を冷やす、空気の取り入れ口???です。

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横に回って見て、びっくり仰天!
有限会社「江能環境整備」、早い話が、汲み取りのバキュームカー・・・(*^_^*)です。

かなり臭いますけど、色がきれいだし?、古い車を大切に使ってるって、すごいじゃん。
小回りが利いて、島の狭い路地にも入っていける、便利な車なんだと思います。
 

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江田島島内を走る、「呉市営バス」です。
バスの利用客が減少し、呉市営バスが撤退したのは2008年3月です。

そのあとを引き継ぎ2008年4月から第三セクターの「江田島バス株式会社」が発足しましたが、状況はかなり厳しいみたい・・・(^_^;)です。


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島内の農家にとっては、最必需品の、水タンクを荷台に乗せた軽トラです。

傾斜地の畑なら1週間、平地の保水力のある畑でも2週間雨が降らないと、ほとんどの作物の商品価値は半減、もしくは、無価値となって廃棄処分となります。

なんとか、換金できる作物を作るには、軽トラの荷台に300リッターの水をつんで、毎日畑を見回る他はありません。


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赤いトラクター♪、じゃなくって、赤い耕うん機です。
さすがに、近年では国道を爆走する、耕うん機野郎は見なくなりました・・・(*^。^*)です。


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え、えぇ~~~っ。
白バイじゃなくって、赤バイです。
おまわりさんじゃなくって、消防士さんですけど、毎日、島内の細い路地や林道を、おまわりしています。

かっこい~~~ぃ、です。
私が、もう少し若ければって、・・・50cc免許じゃ、無理 (^_^;) かぁ~


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陸上自衛隊13旅団の最新ジープです。
古くは、13師団って呼んでいましたが、近年13旅団と名前が変わっようです。

江田島市では、毎度、大変お世話になっている部隊で、2006年8月の、真水の送水トンネル落盤事故による、江田島市全域大断水の時も、江田島町の山林1000ヘクタールが灰となった、江田島町大規模林野火災の時も、隊員総出の大活躍をしていただきました。

災害とか、なにもない時でさえ、市民グラウンドの整地をしていただいたり、林道や海岸道路の建設を手掛けて頂いたりと・・・計り知れない恩恵を受けています・・・m(__)mです。
 
今度は、「うさぎ追いし かの山 ♪ ・・・」の要領で、島内のイノシシをすべて、追い出してもらいたいのですが・・・(^_^;)無理?


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江田島町江南にある、エアクッション艇整備場に駐機中?のLCAC-2104です。
海上自衛隊最新の、強襲揚陸が可能なホバークラフトで、70トンの物資(戦車や戦闘員、武器)を搭載し、海上の母船船内から、直接、陸上の敵前に現れることができます。

小用沖を試験航行したり、大型輸送艦の船内に格納する場面などを見ますが、騒音がひどいのと、巻き上げる海水の飛沫が半端じゃないので・・・(^_^;)です。

しかし、昨年3月11日の東日本大震災では、ド迫力な救援物資の揚陸風景が、被災住民に安心感を与え、落ち込んだ気持ちを吹っ飛ばしてくれた?とも、聞きます。

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休日にもかかわらず、小用沖で、とう漕訓練中の保安大学校生徒と教官です。

カッター後部に立て掛けてあるオールは、小用港のジュース販売機へ買い出しに行った学生のぶんです。
近日中にカッター競技があるための強化訓練?か、あるいは罰を受けての反省行動?か。

「携帯電話の使用は控えます・・・???」とか、大声で怒鳴る声が聞こえましたので、罰直かも?・・・(*^。^*)です。

小用 いいとこ撮り 3/3

1)江田島町北部・小用  
小用地区の「へぇ~~~」って・・・(*^。^*)です。

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昭和15年に、京都種畜場から移入した11頭の緬羊から始まり、逐次移入、畜養に励んだ結果、戦後江田島町内だけでも、数千頭の緬羊が飼育されることとなりました。
昭和24年には、江田島緬羊農業協同組合が設立され、年2回の緬羊市は盛況をきわめ、品質においても、全国1位、2位を独占する勢いがありました。

この羊魂碑は昭和30年3月、家畜育成所のあった久村の里に、大原博夫広島県知事の書を持って建立されました。

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古鷹林道の登り口付近にある、個人のお墓ですが、このお墓の基礎に使われている、巨大な花崗岩の石(目測で45cm×45cm×90cm)は旧海軍兵学校の礎石として使われていた、由緒正しい巨石です。

倉橋産と思われる極上な石質に、ご先祖様も、さぞかしお喜びのことと・・・(*^_^*)です。


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中国電力の小用変電所です。
昔の大な白い碍子や、冷却板が櫛のように並んだ巨大な鉄の箱はどこへいったんでしょうねぇ~~。
世の中って、日進月歩、すっげぇなぁ~~~。


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カキのむき身生産量日本一は、日の出前からの作業があってからこそ・・・(*^_^*)です。

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小用港の先には、いろんな船が浮かびます。

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漁船、潜水艦、その先に新音戸大橋(日招き大橋)来年春開通予定・・・(*^。^*)です。

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朝もやの沖に浮かぶ、巨大鉱石運搬船・・・(*^。^*)です。

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たまたま縁あって、小用地区の「芸能発表会」会場に紛れ込むこととなりました。
どの地区もそうでしょうが、男よりは、はるかにハイパワーな御婦人方々・・・m(__)mです。

えぇ~っと、演目は???・・・、わすれました・・・m(__)mです。

ソメイヨシノF 
江田島市の木に指定されている「サクラ」です。
老桜の、グッと踏ん張った枝もいいけど、グンと上に向かって伸びる、若桜も好きだなぁ~・・・(*^。^*)です。

小用 いいとこ撮り 2/3

1)江田島町北部・小用 
小用の、街並み拝見・・・(*^。^*)です。

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道幅1m、島内の路地としは広くて、立派な作りです。
つい数年前までは、四輪の手押し車(乳母車?)に、手製の木箱を乗せ、畑で採れた大根や芋を満載にして、腰をかがめて押して行く、おばあさんをよく見たのですが・・・(^_^;)です。

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私のお気に入りのレンガ塀です。
海軍兵学校の赤レンガに刺激されたのか、島内にはレンガ工場が乱立した時期もあったとか?
焼きがあまいようですので、初期の練習用に作られたレンガなのかも?・・・(*^。^*)です。

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先のレンガ塀から、こんな感じでミカン(ハッサク?)が垂れ下がっていたら、最高なんですが・・・(*^_^*)です。

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自然木をそのまま利用した支柱と、手作りの梯子です。・・・いいなぁ~。
高いとこは、大好きだしなぁ~~~(^_^;)です。
 

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おっ、海軍兵学校御用達の赤煉瓦に、趣のある出窓・・・
軒下の緑の葉っぱは、ジュウヤク(ドクダミ)・・・(*^。^*)です。

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二階の手すりも、・・・いいなぁ~

おぉお~い、良子ちゃん、遊びにいくよぉ~~
ガラガラ、ガラ・・・
ちょっとまってぇ~~、すぐに降りるからぁ~・・・って (*^。^*)です。


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昔は、どこの家もこんなだったなぁ~
狭い庭や縁側には、赤ちゃんから中学生くらいまで、子供たちが何人もたむろしていたし・・・(*^。^*)です。


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りっぱな、蔵のあるお家・・・(*^_^*)です。
家紋は五瓜に唐花?でしょうか。


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我が家にも、防空壕をつくりたいなぁ~・・・(^_^;)です。

小用 いいとこ撮り 1/3

1)江田島町北部・小用・高須ノ浜  
江田島町の北東の海岸線に沿って南下しますと、中国化薬の敷地に隣接して高須ノ浜があります。
さらに南下して、前早世浄水場の前に江田島東江漁協が管理するアサリ養殖場があり、江田島造船所を過ぎると、小用の街並みが見えてきます。

高須 
高須ノ浜のパノラマ画像です。
古くには海軍の、水上飛行機発着訓練が行われていた?とも、聞きます。
老松が枝を垂れた砂浜は、安芸の舞子の浜とも呼ばれる風光明媚な浜で、すでに大正の初期から海水浴場として開かれていました。
一時期は、イモの子を洗うほどの人気がありましたが、やがて寂れ、浜の広場には建設残土などのガレキが放置されています。

生い茂る雑草をかき分けて水際に立てば、そこには白砂を巻き上げる波の音と、対岸にある呉市天応、狩留賀海水浴場の賑わいが、風に乗って聞こえてきます。

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前早世浄水場の前に広がる、アサリの観光養殖場です。
放流アサリの仕入れ価格上昇や、マルトビエイによる食害、駐車場用地の不足などが経営障害となり、ながらく休眠状態です。

北風の強い冬場には、カモメたちの絶好の休息場となっています。


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小用の街並みと、その先に呉湾です。
白い貨物船の向こうに大麗女島、その右に白い灯台を乗せた小麗女島があります。
背後の山並みは休山連山で、ピークの休山は標高497mです。


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小用の街並みと、防波堤に囲まれた小用漁港、対岸で煙を吐く煙突群は日新製鋼呉製鉄所です。
画像右の広場(駐車場)の先に小用フェリー桟橋があり、沖には無数のカキ筏が並びます。
右から飛び出した半島は、米陸軍 秋月弾薬廠 第83武器大隊 秋月弾薬庫の敷地内にあり、鳥ヶ頸と呼ばれます。

蛇足になりますが、島内の半島や岬の、ほとんどが〇〇鼻と呼ばれ、ただ一ヶ所、崎のつく地名として江南に秀崎があります。


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呉市の高台(魚見山中腹)から見た江田島町小用の海岸線です。
右のピークは古鷹山の隣、古鷹山系の三角点(376m)がある山です。

ちなみに、古鷹山のピークは隠れて見えませんが、この古鷹山の標高は、地図や書物にによりそれぞれに標高の違う、不思議な山です。
国土地理院(地図閲覧サービス) : 394m
江田島町史(昭和57年)山岳一覧図 : 392m
江田島市HP(観光案内) : 394m
古鷹山山頂の説明板 : 392m

ネット検索でも、392mと394mがあり、時には隣の三角点のある山を、古鷹山376m(昭文社マップル道路地図)として、又、海図(HIROSIMA WAN)には三角点を377mとの記載もあります。


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瀬戸内海のホエールウォッチングです。
小用の高台(古鷹林道)からは、潮吹くクジラ(潜水艦)を眼下にすることも・・・(*^。^*)です。


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夏には、どの家のベランダからも、花火を堪能できます。
6月下旬の保安大学祭、8月上旬の呉市花火大会、他にも対岸で行われる不定期?な花火を見ることができましたが、近年の景気に比例してか?、ショボイ花火が多く・・・(^_^;)です。


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小用港の沖合は、早朝から船のエンジン音で賑わいます。

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冬には、雪だって降ります。
ふつう、十時前には融けてなくなりますが・・・ヽ(^o^)丿です。

小用 小用公園

1)江田島町北部・小用公園 
小用地区の南には、旧海軍の秋月弾薬庫を接収し駐留した、米国陸軍秋月弾薬庫と金網一枚を隔て、江田島市民憩いの場となる、小用公園があります。

傾斜地を利用した公園で、周遊路をもうけ、ソメイヨシノやワシントンヤシを主に、ヤマザクラやカワズザクラ、ツツジ、ウツギ、キョウチクトウ、ウメ、カキ、キリ、クスノキ、クヌギ、コナラ、シラカシ、ヤマモモ、フジ、フェニックス、ブラシノキなどが植樹されています。


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ピンク色の桜は、近年になって品種改良された早咲き種の河津桜で、向こうに見える山桜よりも早くから開花をはじめます。

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染井吉野が咲き始めれば、春は本番です。

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染井吉野を密植した、桜の小山です。

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桜の小山は、小用港桟橋からも、通勤のフェーリの中からも、そして、遠く対岸の本土からも遠望できます。

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天に向かってまっすぐに伸びるワシントンヤシと、その下を波のようにうねる桜の花、さらにその向こうに瀬戸の海が光り、本土の山々が春霞をとおして青く浮かびます。

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ワシントンヤシとソメイヨシノです。

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普段は人影もまばらな小用公園も、この時期には付近の道路は渋滞し、花見席の場所取りで、おじさん、おばさん入り乱れて、右往左往・・・(*^。^*)です。

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花が良ければ、酒もうまし。
花に酔い酒に溺れます・・・(^_^;)です。

小用 小用公園文教区

1)江田島町北部・小用公園 
戦前、旧海軍工廠火工部(秋月火薬庫)が有った一部を払い受け、江田島市立江田島中学校、江田島市立小用保育園、江田島市小用市民グラウンドがあります。 
 
数年前までは、黄色い葉っぱのイチョウの樹の下に小用小学校(2007年3月廃校)や、ヒマラヤスギの新緑で囲まれた江田島高等学校(2010年3月廃校)もありましたが、・・・(^_^;)です。

ちなみに、江田島市発足当時の2004年11月1日には、31,315人(10月31日現在)だった人口が、2012年8月31日現在で26,633人です。

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小用公園の桜の花に埋まる、江田島中学校です。
平成20年8月27日、江田島町中央から、旧小用小学校跡地(2007年3月廃校)に、新築移転しました。


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江田島高校を取り壊した、更地の向こうに江田島中学校と、小用保育園です。

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わずか、半年前に取り壊した江田島高校の跡地、8月には・・・なつくさや・・・・(*^_^*)です。

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昭和4年・・・・村立江田島実科高等女学校
昭和18年・・・江田島高等女学校
昭和22年・・・広島県呉竹高等学校江田島分校
昭和23年・・・広島県呉三津田高等学校江田島分校
昭和47年・・・広島県立江田島高等学校
平成21年・・・3月閉校
平成23年・・・早春に、更地となる。

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江田島高等学校の解体作業(2010年11月28日)です。


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ワシントンヤシと桜の青葉に囲まれた、江田島市立小用保育園です。

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保育園脇の水路を飛翔する、ベニイトトンボ・・・(*^。^*)です。
局所的な生育が災いし、絶滅危惧種にも指定されています。


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小用公園の市民グラウンドを一杯に使って、ゲートボール大会・・・(*^。^*)です。

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春風に舞う、桜の花を楽しみながらの、少年野球大会・・・(*^。^*)です。

小用 小用公園メモリアルの丘

1)江田島町北部・小用公園 
戦前は、旧日本海軍の弾薬庫敷地内だったその一部を払い受け、小用公園と命名し、昭和35年7月、熱帯植物1,105本(ワシントンヤシ、フェニックス等)を植樹しました。

その公園の西の一角、道路沿いの小さな丘にワシントンヤシとソメイヨシノに囲まれたメモリアルヒルがあります。 

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昭和20年7月、米軍航空機の攻撃で、被弾大破、着底した戦艦「榛名」と、至近弾により横転した装甲巡洋艦「出雲」の、戦死者(榛名71名、出雲3名)を慰霊するため、昭和42年5月に倉橋産の花崗岩を用いて留魂碑が建立されました。

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留魂碑を囲む砲弾は装甲巡洋艦出雲の主砲「四十五口径安式(毘式)二十糎砲」でも使用される、「二号二十糎砲零式通常弾」だろうと、旧海軍の事象に詳しい方から、写真画像での判定をいただきました・・・m(__)mです。

「二号二十糎砲零式通常弾」は、同じく米航空機の空爆で江田島湾内中町沖で大破着底した、重巡洋艦「利根」にも搭載された「五十口径三年式二号二十糎砲」用のもので、正確な口径は203.2mm(8インチ)ですが、「出雲」など英国製の「四十五口径安式(毘式)二十糎砲」でも同じ砲弾が使われました。

蛇足になりますが、「一号二十糎砲」は口径が20cmです。
ワシントン軍縮条約後、より高性能の欧米重巡洋艦にならい、それまでは口径が20cmだったものを、条約制限いっぱいの8インチ(203.2mm)砲へと改良し、その後の日本海軍重巡洋艦の標準主砲として搭載しました。


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昭和20年7月28日、小用沖で米軍の執拗な攻撃を受けている、戦艦「榛名」です。
米軍撮影の、この画像は、呉市の海事博物館で展示されている、特大パネルを写し撮ったものですが、もっと高画質の画像を、ウィキペディアで見ることができます。

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この画像は、江田島町史(平成13年)からページの一部を切り取ったものです。
船尾からは重油らしきものが流れ出ています。


アーカイブ1947・戦艦榛名 
小用沖に鎮座する戦艦榛名の空撮(アーカイブ1947年5月19日) 画像です。
昭和23年5月2日から解体作業が始まり、すべてが撤去(移動?)されたのは7月4日です。
画像は解体作業に先立って、船体を浮揚させるための準備中なのかも?・・・(*^_^*)です。

アーカイブ1947・巡洋艦出雲 
空爆で至近弾を受け小用沖で横転した 装甲巡洋艦「出雲」の空撮(アーカイブ1947年)画像です。
出雲は、1898年英国
のアームストロング社エルジック造船所で建造され、1900年9月に就役しました。
日露戦争、第一次世界大戦を経験した老齢艦ですが、日中戦争では第三艦隊の旗艦として上海に派遣されたり、その後、瀬戸内海で訓練艦としての役目も果たし、ついには昭和20年7月24日、米軍航空機の至近弾を受けて転覆着底しました。

NHKドラマ「坂の上の雲」で主人公の、秋山真之が1910年4月10 から 12月1日まで、第十二代艦長として乗船していました・・・(*^_^*)です。


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軍艦榛名出雲戦没者留魂碑に隣接し、「殉職者慰霊碑」が建ちます。

この碑は、昭和18年8月5日、呉海軍工廠火工部第二装填工場小用作業場で起こった不慮の爆発事故により、殉職死された作業員16名の御霊を慰して、昭和42年に建立されました。

爆発事故のあった作業場は、この碑の眼下、現在の小用保育所付近にあったそうです。

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モーニングにシルクハット、ステッキを手にしたこの像は、久枝与三吉翁です。
文久元年、久枝家の次男として生まれ、大正六年に逝去されるまでの間、島の発展に多大な貢献がありました。
旧江田島町役場正面にもブロンズで作られた胸像と、頌徳碑(しょうとくひ)が建立されています。


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中央付近には自然石を積み上げた、向田翁頌徳碑が建ち、小用区民の発展、福祉に尽力された、向田仁一郎翁の功績を称えています。
また、すべてを見渡す最奥には、小さなお堂が建てられ、季節ごとの花が手向けられています。

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