大原特借宿舎 地区内の施設

1)江田島町北部・大原特借宿舎 
地名の大原特借宿舎が示すとおり、3棟の鉄筋コンクリート4階建ての海上自衛隊官舎が目立ちますが、このフェンスに囲まれた地区には、海上自衛隊の最強部隊、「特別警備隊」隊員の養成施設、他、特殊な部隊や重要な施設が隠されて??? ・・・(^_^;)います。

大原特借宿舎グーグル空撮 
大原特借宿舎地区のグーグル空撮です。

A :この地区に出入りするには、唯一、この石風呂川に架かる橋を渡ります。
B :3棟の鉄筋コンクリート製、4階建て官舎です。
C :屋内防火訓練施設です。
D :屋外防水訓練施設です。
E :特殊車両操縦訓練教習場です。
F :屋内武道場および、屋内射撃訓練施設です。
G :特別警備隊の養成隊員用に、座学実習講堂、兼宿舎です。
H :対ゲリラ戦、野外訓練場です。
Ⅰ :強襲用ゴムボートの、揚陸施設です。
J :標的機整備場です。


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周りをミカン畑に囲まれ、ルーラル感いっぱいの中に・・・

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見通しをはかるために周りを国道487号で囲い、さらにその内側を鉄条網が張られたフェンスで防護しています。

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艦船で発生する火災を想定して作られた、屋内防火訓練場です。

場内は、艦船のエンジンルームや狭い船内を模した部屋に分けられ、実際に大量の油を撒いて火をつけ、高温と、どす黒い煤煙の中で消火訓練が行なわれます。

足元のグレーチングから立ち上る炎に、眉毛が焼けてなくなるのは普通で、訓練終了後には頬や額にオロナインを塗る隊員が何人も出ます。

さらに、この建物の隣には、屋外防水実習場があります。

艦船の衝突事故による浸水や、高圧海水管の破裂などを想定した訓練施設で、小雪が舞う中でも全身ずぶ濡れで、浸水破孔に板や角材を押し当て、ロープやくさびを利用して止水します。
うまく浸水を止めることができなければ、水位は、膝、胸、頭上まで上がり、立ち泳ぎを始めるまで、送水ポンプの元栓は全開したままです。


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特別警備隊養成員専用の訓練施設?です。

内部を見たわけではありjませんので、あくまでも外観からの想像ですが・・・
左の頑丈そうな建物は屋内武道場?、兼、屋内射撃訓練場?です。
普通の射撃訓練の他にも、市街地を模したり、小部屋などに分割され、ハリウッド映画に見るようなゲリラ戦のセットが組まれている???と、想像・・・(^_^;)です。

右の建物は座学講堂で、爆発物や火器の構造、取り扱い、防御法・・・他、任務に必要な特別な教務が行なわれている???はず・・・(^_^;)です。
講堂側面の壁は、スパイダーマンのようによじ登ったり、屋上からロープ1本で降下するための垂直壁
???・・・(^_^;)です。

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強襲用特殊ゴムボートで江田島湾を全力疾走する、特別警備隊の養成隊員です。


ちなみに、「海上自衛隊特別警備隊」が発足の引き金となったのは、1999年(平成11年)3月22日の能登半島沖不審船事件で、「海上警備行動」が発令されたにもかかわらず、体制の不備により、2隻の不審船を臨検することもできずに取り逃がした、苦い経験を払拭するためです。
最大の危険が想定される状況下であっても、最大の効果をもって不審な船等の制圧を行い、有効な臨検ができる特殊集団を養成するために、2001年(平成13年)3月27日当地、江田島において開隊しました。

さらに、・・・「海上警備行動」が発せられる事態とは、強力な武器を所持していると見られる艦船・不審船に対し、海上保安庁での対応を超えていると判断されたときに、防衛大臣の命令により発令される、海上における治安維持のための行動である。・・・と、ウィキペデァからのコピペ・・・m(__)mです。


2013-07-17 002 012 
しばしば江田島湾の大原沖に現れ、不審な形状をしたオレンジ色の物体を積み込んでいるのは訓練支援艦の「てんりゅう」です。

オレンジ色の不審物体は、標的機と呼ばれるもので、大原特借宿舎地区内にある、海上自衛隊第31航空群に属する、「標的機整備隊」で組み立てられ整備されています。

ちなみに、現在海上自衛隊で使用する標的機は、ファイアー・ビー高速標的曳航機と、チャカIII高速標的機です。

共にターボジェット推進で、時速1000kmに近い亜音速で飛行し、護衛艦搭載の5インチ速射砲や艦対空ミサイルの訓練標的とされます。


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最大8機の標的機を搭載、人知れず江田島湾を後にして、太平洋上に指定された射撃訓練海面へと向かいます。
なを、訓練支援艦として「くろべ」2,200t、「てんりゅう」2,450t、共に、呉港を母港とします。

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大原特借宿舎 海上自衛隊官舎

1)江田島町北部・大原特借宿舎 
昭和初期のころまで、当地には津久江と呼ばれる入り江があり、石風呂川からの堆積土砂を覆って葦原が広がっていました。

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昭和5年5月16日、日本海軍水路部刊行の海図です。
小規模な塩田とかはあったかも???ですが、農地としては未開です。

2013-01-04 002 008 (800x592) 
敗戦前夜?の海軍兵学校大原分校(現大原特借宿舎地区)の見取図です。

海軍兵学校大原分校は海軍士官の戦時増員を目的に、昭和十九年十月一日に開校され 敗戦後の昭和二十年十二月一日付で閉校となりました。

 

生徒は 七十四期(昭和17年12月1日入校・昭和20年3月30日卒業) 七十五期(昭和18年12月1日入校・昭和20年10月1日みなし卒業) 七十六期(昭和19年10月9日入校) 七十七期(昭和20年4月10日入校)の合計で四千二百有余名に及ぶとされます。

 

また敗戦時には、江田島本校、大原分校、岩国分校(久賀に移転)、舞鶴分校、及び針尾分校から防府分校へ移転した七十八期(予科)生徒(昭和20年4月3日入校)を含め、15.129名の生徒が在籍していました。

(見取図は図書「海軍兵学校・海軍機関学校・海軍経理学校」1984年からのコピペ・・・m(__)mです。)

兵学校大原分校S20AB 
敗戦後、連邦軍への引き渡し物件を記した図面です。
今の「青年の家」付近には対空用に高射砲や機銃が設置されていました。

(アジ研資料のコピペ・・・m(__)mです。)

兵学校大原分校S20BB 
「大原分校防空壕要図」です。
図の左、津久茂山の東面や「江田島青年の家」付近には、多数の防空壕が掘られています。

(アジ研資料のコピペ・・・m(__)mです。)


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旧海軍兵学校大原分校の正門付近と、それに通ず、石風呂川に架かる橋です。
大原分校時代を残す史跡はありませんが、画像中央、カイズカイブキの枝下に「海軍兵学校 大原分校之碑」が建立されています。


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国道487号線を爆走?する軽トラと、石風呂川を挟んで大原特借宿舎地区内に建つ三棟の海上自衛隊官舎です。

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古鷹林道から眼下に見る、大原特借宿舎地区(海軍兵学校大原分校跡)です。
事項で説明しますが、この大原特借宿舎地区には、宿舎以外に海上自衛隊の秘密?基地(施設)が紛れ込んでいます。

宮ノ原 いいとこ撮り 1/1

1)miyanohara.jpg 
現宮ノ原地区は、江田島町新住居表示実施日の平成6年2月21日から、旧宮ノ原地区が1丁目と2丁目に、石風呂地区と大原地区が宮ノ原3丁目に指定されました。
 
ちなみに、それまでの江田島町は地番制で、一万九千番台の地番に枝番も加わった、とても分かり難い住居表示でした。

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東南の高台から見た宮ノ原の街並みです。

南西に江田島湾が広がり、北東に古鷹山、クマン岳、大原山が北風を遮ってそびえ、その山裾にミカン畑が広がります。


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車社会の洗礼を受ける前に作られた、りっぱなお庭です。

今なら高級車が鎮座する位置に、ソテツが大きく枝葉を広げ、周りを梅の古木や南天、サザンカで囲んだ、純和風庭園です。


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お宝の詰まった土蔵は、漆喰も白く眩く輝きます。
災難除けのお札は、参議院議員???


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両側に商家の並ぶ、昔の宮ノ原メインストリートです。
今は、国道487号線が海側を並行して走ります。


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ほんの少し前まで、古鷹山の伏流水を使って「小栗トーフ店」がありました。
ほんの少し前まで、地元の一番おいしい水を使って、各地区に一軒の豆腐屋さんがありました。
ほんの少し前まで、豆腐屋さんの横には醤油屋さんがあり、その隣では味噌を売っていました。
ほんの少し前まで、お米屋さんがあり、酒屋さんがあり、八百屋さん、魚屋さん、下駄屋さん、呉服屋さん、電気、ガス、金物、文房具・・・  
 
2013-08-26 002 013 
ほんの少し前まで、お店の中に数人のお婆さんが寄り合って、通りに向かって好き勝手にしゃべっていました。

2012-11-19 002 039 
だいぶ前のことですが、当時は超ハイカラな赤レンガのお風呂でした。

2013-08-26 002 051 
立派な石組の土台が朽ちることはありませんが、雨に打たれ、風にとばされ、土壁の砂粒が一粒また一粒と剥がれ落ちていきます。
アベリアの白い花、サルスベリの赤い花、むかしむかしの栄華の華々・・・(*^。^*)です。


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草生す、旧江田島町漁業協同組合の資材倉庫・・・(*^_^*)です。

2013-08-26 002 049 
板塀が剥がれ、内部の竹組とそれを塞ぐ壁土が・・・
粗末な作りですが、しっかりとした職人さんの仕事が見えます。


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石風呂の住宅地に建つ、超近代的アートは・・・
建設省国土地理院制作、作品名「電子基準点」 No.960666 です。

ちなみに、「電子基準点」は、日本全国1.240ヶ所に設置され、国土地理院がGPSで常時観測をしています。
この点は、地殻変動の監視、各種測量の基準点として利用されており、リアルタイムでデータの提供が行われています。

宮ノ原 元 宮ノ原小学校

1)江田島町北部・元宮ノ原小学校 
江田島町が多くの人々でごった返したのは、皮肉にも敗戦直後の動乱期、昭和22年の21.093人(男10.321人、 女11.772人)です。

以後、世上は安定したにもかかわらず、人口の減少は右下がりに続き、平成25年9月1日で江田島町の人口は9.469人(男4,677人、女4,792人)と激減しました。

ちなみに、江田島町(9.469人)、大柿町(7.619人)、能美町(5.588人)、沖美町(3.432人)、を合わせての江田島市総人口は26.108人(外国人484人を含む)・・・(^_^;)です。


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平成19年3月に閉校となった宮ノ原小学校です。
南に江田島湾がまぶしく開き、古鷹山系から吹き降ろす風は蜜柑の花香を吹き寄せていました。


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黒い御影石の表札は輝いていますが、鉄の門扉には赤錆が・・・

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閉校記念碑
創立
1946(昭和21)年4月
閉校
2007(平成19)年3月

宮ノ原小学校校歌
1、古鷹山に あかねさし ・・・
2、青一色の 江田の海 ・・・
3、そよ風吹いて しおかおる ・・・

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卒業記念碑?・・・

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ある日から、だぁ~~れも来なくなった・・・

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夏休みの午後
少年が一人でやってきて、キーパーのいないポストにボールを蹴り込んでいました。


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小学校の向かいに、保育園が健在でした。
平成25年9月1日の宮ノ原地区、男390人、女493人・・・(*^。^*)です。

宮ノ原 農道

1)江田島町北部・宮ノ原 農道 
宮ノ原地区の農地は古鷹山系の南西面に広がります。
晴天が続けば10日で干上がる谷川が数本あり、ひとたび大雨が降れば花崗岩の岩山を流れ下る水流は怒涛となって谷を削ります。

長年にわたり浸食された谷は深く、農地を囲むような環状農道の取り付ができません。
そのため、昔からある川に沿った狭小な道が自然発生的に農道となって使用されています。 

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農道脇に、色づき始めたデコポン?・・・(*^^*)です。

 

みかんの分類は交雑種もあり複雑怪奇なのですが・・・

ミカン属には、


オレンジ類として、ネーブルオレンジ・福原オレンジ・ベルガモットなど

 

グレープフルーツ類として、グレ-プフルーツなど

 

香酸柑橘類として、カボス・三宝柑・スダチ・ダイダイ・ユズ・レモンなど

 

雑柑類として、夏ミカン・ハサック・日向夏など

 

タンゴール類として、デコポン・イヨカン・せとか・タンカンなど

 

タンゼロ類として、スイートスプリング・タンジェロなど

 

ブンタン類として、晩白柚・ブンタンなど

 

ミカン類として、温州ミカン・紀州ミカン・タチバナ・ポンカンなど、が有り


他にカラタチ属キンカンが有ります。

 

・・・以上、ウィキペディアからのコピペ・・・m(__)mです。

蛇足になりますが、
我が家の庭でも、イヨカンの種から育てた新品種?を育成中・・・(^_^;)です。


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水流で削り取られた谷沿いの急斜面に、石垣を組んで作られたミカン畑(山)です。

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人の昇り降りも危険な急斜面へは、ケーブルリフトを使って、収穫したミカンや肥料を運びます。

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谷沿いの急斜面よりは、まだましな畑ですが、花崗岩が風化した真砂土は少しの雨でも崩れ落ちます。

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斜面の緩い畑は、モノレール式の農業資材運搬機が使われます。
島内では、通称「ちぐさ鉄道」ともよばれる、愛媛県の「ちぐさ技研工業KK」が開発したものが多く使われています。

ちなみに、昭和53年の江田島町内でのモノレール設置は39ヶ所、総延長5.742mと記録されています。
収穫量は、ミカン5.060t、ナツミカン111t、ハッサク64t、ネーブル254tでした。
 

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宮ノ原大原地区のミカン畑です。
最盛期の昭和40年代には、すべての山々が蜜柑一色でした。

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農道の終点で、肥料小屋代わりに使われていた、マツダの「B360」ビーバンです。

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ご先祖様が、丹精込めた段々畑・・・(*^_^*)です。

宮ノ原 国道487号線

1)江田島町北部・宮ノ原R287 
中央地区から御殿山トンネルを抜けると、眼前に江田島湾が広がります。
御殿山トンネルは、戦時中、海軍の工事として始まりましたが、敗戦により中断、戦後江田島町が工事を引き継ぎ開通させました。
のち、1993年国道487号線に昇格制定されました。


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JA呉 宮之原物流基地です。
元は、昭和40年10月「江田島農業協同組合 宮ノ原選果場」として新築落成したものです。

ごく小規模なミカン栽培(キシュウミカン)は江戸時代からあったと云われますが、ウンシュウミカンの苗が導入されたのは明治33年です。
戦時中は食料増産のため、イモやムギ畑に強制転換されるなどもあって、本格的にミカン類が栽培され始めたのは、昭和32年、宮ノ原で柑橘技術指導講習会が開かれた頃からになります。

以後、宮ノ原地区のミカン栽培は活発で、ネーブルやデコポンの導入、温室栽培など他地区に先がけたミカン栽培を実践しています。


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もとは宮ノ原駐在所でしたが、現在「宮ノ原コミュニティーホール」と表札が・・・(^_^;)です。

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渡川河口から見た宮ノ原の街並みと、背景に古鷹山です。
国道はこの渡川橋を通ります。


2013-03-31 002 002 
宮ノ原石風呂地区です。
戦時中、海軍官舎用地として造成されましたが、戦後民間に払い下げられました。

ちなみに、石風呂とは海岸の洞窟などを利用して作った、一種のサウナ風呂です。

約800年前、重源上人が、周防国で東大寺再建の木材を運び出す、役夫の保養のために作った「石風呂」が各地に広まったといわれます。

 

今の江田島に石風呂洞窟はありませんが、地名として、鷲部地区、宮ノ原地区に残っています


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石風呂地区への登り口は、法面が花崗岩の石材で組まれ、満開の桜並木で飾られています。

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宮ノ原大原地区には、陶芸「江田島焼」の窯元、沖山工房があります。
江田島特産のカキ殻を利用した陶器、など、など、斬新な作品が数多く作り出されています。


2013-08-26 002 060 
特別養護老人ホーム「誠心園」です。
わたくしも、そろそろ予約を入れとかなければ・・・(^_^;)です。

宮ノ原 宮ノ原漁港

1)江田島町北部・宮ノ原漁港  
宮ノ原漁港は江田島町内で、もっとも早い時期に近代化漁港として整備された良港です。

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宮ノ原地区の背後、クマン岳登山道から見た宮ノ原漁港と、江田島湾を埋め尽くすカキ筏群です。

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カキ筏の移動作業を終え、小型タグボート「一栄丸」が入港します。
潮の流れが速い瀬戸の水道を、カキ筏を引いて走るのには高い技量が必要です。


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港内でしばし休息中の作業船「第十八喜代丸」です。
カキ筏を決められた場所に正確に設置するための作業船です。


2013-08-26 002 037 
年期は入っていますが、まだまだ現役です。

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漁港の防波堤から見た、宮ノ原の家々です。
背景中央に、とんがって見えるのが古鷹山(394m)です。


2012-12-11 002 012 
防波堤先端から見た、波穏やかな江田島湾です。
中央、海面上の黒点は海上自衛隊の護衛艦、右側、黒っぽい山のトップが能美町の真道山です。


2013-02-25 002 045 
防波堤突端の水銀灯に、カモメが・・・(*^。^*)です。

宮ノ原 大原山・帆立岩

1)江田島町北部・帆立岩・大原山 
宮ノ原地区の背後には古鷹からクマン岳を結ぶ尾根が続きます。
その途中、クマン岳に登る登山道の途中に「帆立岩」があります。
大原山は地区の最北にそびえますが、登山道は未整備です。


100130 050 
帆立岩です。
板状に風化した中粒の黒雲母花崗岩が、江田島湾から吹き抜ける南風を受け止めます。


CIMG9920_201309011130568c2.jpg 
岩尾根に直立する帆立岩の高さは5m、眼下に宮ノ原漁港、対岸は能美町中町です。

111225b 022 
花崗岩風化の妙として、尾根や岩山上に奇怪な岩塊を残すことは良くあります。
一般的には、サイコロのような立方体に風化しますが、タマネギ状であったり、船形であったり、真円に近い球形であったり、その大きな球体が真ん中から真っ二つに割れていたり、奇抜な造形をもつ花崗岩は島内各所に点在します。


111225b 011 
尾根道から見た江田島湾、遠く山口県の島々も見えます。

2012-12-11 002 026 
大原山の中腹、農道の終点です。
わずか十数年前、見渡すかぎりのミカン畑だったのが、いまは雑木が生い茂りイノシシの楽園となっています。
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