大原 大歳神社

5)大柿町南部 大歳神社 
大柿町大原地区は北の大原湾から、倉橋島を対岸に臨む能美島南部海岸までの広大な地域を有し、その範ちゅうには高清水山、陀峯山、一本松山など能美島南部を代表する山々をも含みます。

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昭和59年になって、やっと能美島南部海岸道路が完成し、南向きの傾斜地を生かした別荘地開発も進んでいますが、それまでは家族単位の零細な採石事業者が入り込むだけの人跡未踏地でした。

戦中、戦後の一時期、農耕船に肥料や耕作道具を積み込み、急流を流れ下る小川の水を頼りに、日帰り農業が行なわれたこともありますが、元々がやせ地で有ったうえ、干ばつと洪水の繰り返しで人々が住み着くだけの余裕はありませんでした。

そんな過酷な地に、だれがいつ建立したのか立派な鳥居が建ち、その奥に大歳神社が祀られました。

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今は立派なアスファルト道路に構えますが、古くは農耕船や採石運搬船が艫を舫う簡易な港の奥にひっそり祀られていたでしょう大歳神社です。

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御神体を胎するは花崗岩を刻んで作られた小さな祠です。

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この日訪れたときは、運よく?祠の板戸が風で押し開かれていました。
強風で散乱した内部を整頓してみますと、陶器の恵比寿?様と、形の良い煙水晶が二個、ぐい飲み猪口が二つあります。

きれいに並べ直して、二拝二拍手一拝をしました。

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ふと、足元を見ますと落ち葉に隠れて、未開封のワインが倒れています。

拾いあげ、神殿脇にお供えして、もう一礼。
イノシシに蹴落とされ瓶が割れたりするとまずいので、再びワインを地面に寝かせ、木戸を閉めてさらに一礼。

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大歳神は五穀豊穣をつかさどるとされます。
干ばつと洪水を繰り返す当地にあっては、もっとも頼りになる神様です。

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大歳神社の祠にも奉納してあった水晶、この付近の山々を縦走すれば、時に太陽光を結晶面に跳ね返して光り輝くこともあります。

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花崗岩中から紫水晶が発生することは極稀なことですが、豊穣をつかさどる大歳神にとっては容易いこと・・・(*^。^*)かも。

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当地大原に生まれ幼少期を過ごした、日本漆工芸界の草分けとされる六角紫水(1867~1950年)氏、裏山で拾った紫水晶の一片が彼の芸術家精神の発揚となったことは間違いないでしょう。

ちなみに六角氏の代表的作品の一つ、巨大煙水晶を思わせるビール瓶に、麒麟のデザイン画を作成されたことは有名な話です。

もしかしてぇ~♪、だけどぉ~♪・・・
大歳神社の赤ワインは、紫水晶を見つけたその御礼にと供えられたのかも♪・・・。

 きょうは、クリスマス
     皆様にも素敵なプレゼントが届きますように・・・(*^。^*)です。
  
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大原 八幡宮 (東沖) 2/2

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夏でも涼しさを感ずる拝殿内には、秋祭の道具がブリキ缶に保管され、小壁には記念の古い写真が奉納されていました。

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東沖 初代の吹囃子 昭和15年9月吉日
画像には、皇紀二千六百年 東沖之部と書かれた幟?も見えます。
そして大きな米俵が十俵・・・

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新宮八幡宮例祭 昭和五十二年九月吉日
中央白髪の人物は大原出身の元衆議院議長、灘尾 弘吉(1899年~1994年)氏です。

ちなみに、灘尾氏から寄贈された私蔵図書を集め、大柿地区歴史資料館二階に「灘尾記念文庫」が展示開放されています。


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八幡神社祭礼記念 昭和60年9月吉日
米俵は六俵・・・(*^。^*)です。

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八幡神社祭礼記念 平成元年九月吉日

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東沖八幡社の西側面です。

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大樹となった青葉桜の枝下、サルスベリの白い花が風にゆれます。

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古色を増した屋根瓦の隙間に夏草が青く小さく萌えます。

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八幡社の脇には、再建間もない小堂に、お地蔵尊が赤い前垂れをつけてたたずみます。

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古くは、この辺りまで大原湾の海水が入り込み、白砂を研いでいたことでしょう。
今はすぐ脇を八幡川が静かに流れ、盛夏であっても、老桜の枝下に冷風が湧きます。

大原 八幡宮 (東沖) 1/2

5)大柿町南部 八幡宮(東沖) 
八幡宮(東沖)は、新宮八幡宮から八幡川に沿って、北西に1kmも離れていない位置にあります。同じ大原の地に八幡宮が二宮あるのも不思議なのですが、大柿町史にもこの云われが記載されていません。

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石柱には、ただ「八幡宮」とのみ彫られていますので、あるいは新宮八幡宮が祀られる以前から在ったものか? あるいは、新宮八幡宮の神輿を担いで下り、大原の湾内に投げ込む風習があって、その待機場所だったりしたのか???

今は神輿を海に入れる風習は残っていませんが、年に一度の例祭では新宮八幡宮から八幡川に沿い、此方の八幡宮(東浜)まで神輿を担ぎます。

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幟は新宮八幡宮の例祭に合わせて掲げられますが、新宮は主に白い旗が、東沖は青い旗が目立つようです。

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拝殿には格子が多用され、風格が一段と増します。

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正面に社額とかはありませんが、雲龍を掘った寄木の大板がはめ込まれています。

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繊細ですがどっしりとした威圧感のある造りです。

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いい仕事・・・してますねぇ~~~(*^。^*)

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拝殿内部から・・・

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東沖八幡社の本殿と、それに続く石と板とを組み合わせた絶妙なデザインの玉垣、・・・

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秋の例祭を控え、神社幕が張られ、しめ縄もなえかえられました。

大原 新宮八幡宮 6/6

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額縁の文字は読み取りできませんが、船の旗に「ヤマキ」「川吉丸」と・・・
中央の人物は、紋付羽織袴に山高帽をもっていますので、明治末年から大正のころ???・・・

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旗には「〇直」「?吉?」人物は同一に見えます。
船の帆は「川吉丸」と微妙に違うみたい・・・(*^_^*)です。

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明治廿四年三月吉日?
秦寄進 丸に四つ目菱と竹栄丸? と、書かれているような???

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満月に帆掛け船が二艘・・・

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奉寄進 文久弐年 ??三月吉日
ヒトノセ村 小尻元次郎 山口辰次郎

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奉納 明治第六年??? 当村若連???

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奉献 昭和七年八月吉日 深江村 中田直一郎 在台湾高雄

台湾で水牛の飼育とかされてたのかも・・・(*^。^*)です。

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奉納 昭和七年九月吉日 ロシア産 馴鹿 大柿町 小古江 中本弟三

ロシア産の馴鹿?って、たぶんトナカイさんのことだと思います。

ちなみに、サンタさんのソリを引くトナカイさんは、雄でも雌でもない、去勢を受けた中性トナカイさんだそうです。
なぜなら、野生の雄は秋に角を落し、雌も夏ごろ角を落しますので、クリスマスの時期に立派な角を付けた野生トナカイさんは存在しないとか・・・

唯一、人に育てられ去勢された雄のトナカイさんは秋に角を落すことはなく、立派な角をつけたままでサンタさんのお手伝いができる?とか。
サンタさんに聞いた訳ではありませんが・・・(*^。^*)です。

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八幡神社 大柿町 酒井夳 はちかめ 昭和26年八月

奉納の「はちかめ」、かなり傷んでいますが、はちかめとはカブトガニのことです。
昭和の初期でも、大原湾付近でのカブトガニは珍しかったのでしょう。

その後もこの大原湾でカブトガニが見られたという話は聞きませんが、同じ江田島市内の江田島湾内においては、昭和後期までは普通に見られていました。
現在も数は少ないのですが生息や繁殖が確認されています。

また、大柿町深江には「さとうみ科学館」があって、カブトガニ情報の収集や、生育観察、生育環境の保護などをおこなっています。

蛇足になりますが、山口県防府市近辺でもカブトガニを「はちかめ」とよぶ、とか?・・・


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これは?・・・おそろしやぁ~~~ ・・・(*^。^*)です。

大原 新宮八幡宮 5/6

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拝殿内には沢山の奉納品が収められています。


槌奉納

明治二十二年 七月吉辰日

棟上

置帆員命 狭知命

当山神社御殿再建

当懸安芸郡 瀬戸島村字先奥

棟梁 榮谷 豊次郎 義直
当所
原田 五郎左衛門 内 止宿

村内氏子長久安全

ちなみに、棟梁榮谷氏の住所である瀬戸島村は1906年1月1日(明治39年)、名称を音戸町に改め、のち(1932年)隣接する
渡子島と合併、さらに2005年、南に隣接の倉橋町と共に呉市に合併されました。

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奉納

明治三十九年 牛一月吉日

当八幡神社修繕

安芸郡 瀬戸島字先奥

棟梁 栄谷儀三郎

手助 中岡亀市

当村手助 五田木龍三郎 奥田久米蔵 藤原万太郎

村内氏子長久安全

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奉納槌

昭和五十七年九月吉日修築

仲哀天皇 応神天皇 神功皇后

棟梁 武島建設(有)武島和彦

手助 藤原建築 藤原直芳

手助 江郷建築 江郷憲三

屋根 大柿産業(有)

工事 中本正数

左官 森川孝行

板金 豊岡康一

建具 向井礼次郎

建具 畠藤勝麿

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拝殿西側から見た奉納品の数々・・・

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全長1mはある木造船(千石船?)です。
後部に「宮」の字と八幡神の神紋ともされる三つ巴があるので、神舟として奉納されたもの?・・・

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いつごろ奉納されたものかは不明ですが、さらに、もう一艘・・・

ちなみに、芸藩通史(1825年完成)によれば、当時の大原村には60石以下の船が27艘、牛が99頭、馬が10頭、さらに、文政2年(1819年)の大原村戸数は446戸、人口が2,564人であったと記されています。


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昇龍と富士
奉納 昭和三十九年九月吉日
世話人 小松 荒木 岡田

寄贈者 岡田勇 灘尾卓 灘尾正樹 倉田武徳 倉田芳郎 小松義一郎 浅木公咲 荒木徳次郎

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〇〇合戦?画 佐久?
奉納 明治二十有六年第立月吉祥
大柿村字柿浦参宮連中
松本伊三郎 松村新之焏 松井小太郎 松森粂太郎 清水万蔵 清水菎蔵 拝

(注)判読不明による誤字脱字加字があります・・・m(__)mです。

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火鉢に暖をとる人? 座卓に筆をとる人? 正座し子供を抱く人???

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この「奉納俳諧の発句」は文化十三年、当村の俳人 閑孝庵 雨丹氏により発案奉納された、当地自慢の四季十二景です。

何度?か、新しく掛け替えられましたが、旧額は「大柿地区歴史資料館」に展示され詳しく説明がなされています。

 

奉納俳諧の発句

この十二景といへるは、我若かりしとき、かすかに聞きし事のあるける。

しかる年頃、人に問いただしけれども、定かに分りかたかりしを、一日村老のもとに行きて古き反故をさがしける中に、その十二景、くわしく書きたるもののありて我こおどりして写しまかり。

このままになし置きても本意なしと多賀の師にたのみて人々の発句を乞ひ、一枚の宝前にかかげ奉り、永く草刈魚る童にもこれを習わせつらん事を願うものならし。


文化十三年(1816年)丙子神楽月吉辰

閑孝庵 雨丹(かんこあんうたん) 敬白

 

高祖うぐいす

うぐいすや藪の戸口の一ところ 当村 雨丹

 

叶松(かのうまつ)帰帆

帰る帆にゆきあたらふぞ春の雁 広島 茈姜

 

前坂夜雨

夜こころの一すじ永し春の雨 広島 渚嵐

 

河内蛍

水嗅き蛍の中の小家かな 広島 荷香尼

 

忍谷晴嵐

家ごとに吹くや春田の朝あらし 広島 路宅

 

土井清水

いにしえは刃をそそぐ清水かな 広島 鳳山

 

入野(いんのう)鹿

鹿の音の芒によれる野づらかな 広島 雪潮

 

亀甲山秋月

十六夜の露降りこむや湯立釜 広島 柳門

 

小島落雁

松の露散るやなく雁落つるかり 広島 得一

 

平田山夕照

夕照りや松にあづけて片しぐれ 広島 都時雨

 

医王寺晩鐘

鐘冴える内より出たり松の月 広島 梅佛

 

登比甲山暮雪

白雪に影はたたれて暮の月 広島 玄蛙

 

撰者 多賀庵 玄蛙

願主 関孝庵 雨丹

萬延元年(1860年)庚申卯月吉辰 補理之

大原 新宮八幡宮 4/6

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拝殿左正面、頭貫の木鼻を飾るのは獅子と獏のようです。

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拝殿左側の獅子は玉をくわえます。

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拝殿右側正面の木鼻に掘られた獅子は玉を持ちません。

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象さんと獏はよく似ていますが、・・・

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一般に大きな垂れ耳は象さん、耳が上を向いて彫られていれば獏といわれます。
この獏は毛深く?て耳が良く見えませんが、足に鋭く爪が出てるので獏?だろうと・・・(^_^;)です。

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貫から出た木鼻にはみな掘り込みが施されます。

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内部も・・・

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手前は唐獅子?

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因幡の白兎?・・・

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拝殿正面を飾る頭貫(かしらぬき)は虹梁(こうりょう)とよばれ、虹のようにアーチ状に作られ、上に乗る斗組(ますぐみ)を介して大屋根を支えます。
その、虹梁と斗組の角で屈折した秋光が、七色に分離して拝殿奥を照らします。

大原 新宮八幡宮 3/6

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拝殿を飾る沢山の彫り物・・・
この拝殿は明治3年の再建だと云われます。

当時コンピューター制御の3次元プリンターとかは無い時代ですので、ノミや彫刻刀を使っての手掘りです。

ワニ?のような口をしたお魚さん?

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龍?・・・でしょう。

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イセエビ?・・・かも

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麒麟?・・・かな

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鷹?・・・でしょうね

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ハクセンシオマネキ?・・・?

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ムムム、コウモリ?のようなトンビ?のようなコイ?のような???

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キジ?、ハト?、鳳凰?

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えっ、リュウグウノツカイ???

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鹿?のようでもあるし、・・・

大原 新宮八幡宮 2/6

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本殿を支える花崗岩の台座です。

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本殿と拝殿を繋ぐ幣殿と呼ばれる部分の床下です。
立って歩けるくらいの高床になっています。

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普通に一般者が上ることのできる拝殿です。
幣殿とは格子戸で遮られます。

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天井や壁には、たくさんの奉納品が掲げられています。

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拝殿最奥、幣殿への入口に安永五丙申年八月吉日奉納の「八幡宮」社額が掛かります。

安永五年は1776年、江戸時代中期のころです。

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幣殿に通じる格子戸から、内部を覗かせていただきました・・・m(__)mです。

この幣殿は祭礼のとき、神主さんや氏子さんがお座りになる場所で、正面最奥障子の向こうに祀神である仲哀天皇、神功皇后、応神天皇の三神がお隠れになっております。

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拝殿から、しめ縄越しに見る秋の日差し・・・(*^。^*)です。

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同じ境内に稲荷社が2社並びますが、正面の向きは何故か90度、ずらせて建てられています。

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本殿脇におむすび形をした大きな力石が置かれています。
重量は私の目測で300kg近くはありそうです。

持ち上げることのできた、人の名前らしい彫がありますが、不鮮明で・・・

ちなみ安政6年(1859年)5月8日生まれの大和国北葛城郡二上村(現香芝市)在地力士・大の松為次郎は、身長5尺3寸(約160センチ)、体重20貫(74キログラム以上)であったが、米8斗5升(約154キログラム)と同じ重さの力石を気楽に持ち上げた、・・・とか。

さらに、日本人での重量挙げ記録は・・・太田和臣さんが第43回アジア選手権(2012430日)105kg超級クリーン&ジャークで、226 kg の記録を持つそうです。

と・・・ウィキペディアよりコピペ・・・m(__)mです。

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新宮八幡宮の祭礼では、各地区ごと、米俵(60kg)を担いで運び、祭壇に投げ入れる風習があったとか・・・。

新宮八幡宮からは、はるかに遠い海べり、水畑地区のお父さん、昔覚えた米俵作りを披露してくれました。
ただし、今は60kgの米俵を運べる人はまずいないと、ひそかに?重量調整を・・・(*^。^*)です。

大原 新宮八幡宮 1/6

5)大柿町南部 新宮八幡 
この大原地区は奥深い湾と豊かな河川、肥沃な平地とそれを囲む急峻な山々に守られ、もっとも古くから人々が定着した地域だと云われます。

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たまたま訪れたこの日、近く催される秋の例大祭にそなえ氏子総出の準備がなされていました。

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何本もの幟が立ちあげられ、神楽舞台や、祭式道具の準備におおわらわ・・・
鳥居の下で一礼し、慌てて退散しました。

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後日、あらためまして参拝に伺いました。

前回とは、うって変わって人っ子一人いませんでしたが、境内の落ち葉は隅に寄せられています。
毎朝、早くにお掃除される方がおいでのご様子・・・m(__)mです。

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境内に設置された銅版に「新宮八幡宮と由来について」と、刻まれ・・・

広島県佐伯郡大柿町大原「八幡さん」

 その昔、大柿町柿浦の南端にある、鳶ヶ子島(鴟小島)の北の海上に毎夜、赤々と輝く光が現れた。

 左衛門正助友という人が、正体を確かめたところ、日輪のように輝く玉・玉堂の小祠だった。

 持ち帰ると海の光は消え、ある夜、助友の夢か幻に神体が現れ、『我は国家を守る宇佐の八幡麿なり、大原の里・亀甲山に宮居を造営し長くこの地に産神と崇むべし』と、告げた。

 

 「新宮八幡宮」は、承平元年(九三一年・平安時代)八月十六日の創建。 社伝のように宇佐八幡宮とのつながりが深く、祭神も同じ、
一、仲哀天皇 二、神功皇后 三、応神天皇である。

 

神社の正称も「新宮八幡宮」で、八幡神社ではなく、鳥居や拝殿の額も『八幡宮』である。

東能美島の氏神として敬われてきた、その歴史は千年を超える古社である。

 

参道入口の八幡川に掛かる石橋は、その記念で千年橋という。

 

社殿は、元禄十一年(一六九八年・江戸時代)に、拝殿は、享保九年(一七二四年・江戸時代)の再建で、現在の社殿・拝殿は、明治三年(一八七〇年)に、神殿は、明治五年(一八七二年)の再建である。

下段の鳥居は、寛保三年(一七四三年)建立とあるほか、豊臣秀吉の朝鮮出兵の時には従軍命令に反したとして、二町数反の神地没収の記録もあり、由緒ある神社の一端を、うかがわせる。

 

神官 四十代  小方光麿 江田島市大柿町大原

   四十一代 小方一麿 江田島市大柿町大原


奉納  三奈戸 定一   江田島市大柿町大原

    畠   正弘   江田島市大柿町大君

       

       平成十六年十二月吉日

と、あります。

(注) 大柿町史には、「八幡宮 大原村にあり、永正七年壬辰、初めて社を建つ・・・」との記載もあります。ちなみに、永正七年は1510年で庚牛となります。
他所には承平二年(932)創建、の記載も・・・

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銅像ですが、神馬(しんめ)も奉納されています。
近年盛んな絵馬の奉納も、元は神馬を神様の乗り物として納めていたことに由来し、平安のころより庶民の願いも叶えれるよう、求めやすい絵馬が代用とされ始めたとか・・・

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明治五年に再建の新宮八幡宮本殿です。

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銅板葺きの屋根に、千木、鰹木を乗せた本殿(神殿)です。
破風板の下を飾るのは蕪懸魚(かぶらげぎょ)と呼ばれる彫刻です。

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高床に乗る本殿の東側側面です。


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新宮八幡宮の乗るこの丘は亀甲山と呼ばれます。
古くは浅瀬に突き出した岬の一部だったり、あるいは小島だったりしたこともありそうな?、大原の平野を見下ろす絶景の場所を占有して建ちまます。
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