鹿川 荒神社

4)能美町・沖美町南部 荒神社 
鹿川荒神社は、荒神と呼ばれる地区にあり、後の新開干拓地ができる前は、永田川の河口だったと思える地に建ちます。

2016-05-26 089 
鹿川荒神社の由緒を記録したものはありませんが、荒神社と呼ばれるようになったのは、おそらく明治に入ってからだろうと思います。

ただ、それ以前にも小さな祠あるいはお堂が置かれており、村人の信仰を得ていたことは想像するに難くありません。

鹿川は古くは鹿皮と表され西能美に属していましたが、1652年(承応元年)より東能美に転属、1664年(寛文4年)には、地名も鹿皮から鹿川の表記に変わりました。

そのため、江戸時代の東能美は七村、大原村、大君村、柿浦村、飛渡瀬村、鹿川村、小古江村、深江村となり、村の氏神を大原の「新宮八幡宮」とし、祭礼には何艘もの船を仕立てて参加、祭りを賑やかしたと云います。

明治となり鹿川村は再び西能美に編入され、氏神も中村の「八幡神社」に変わることになりました。

ちなみに、江戸時代の西能美九村とは、中村、高田村、津久茂村、三吉村、高祖村、是長村、畑村、岡村、大王村です。

2015-06-23 110 
真新しい鳥居が建ち、荒神社と深く掘られた社額が取り付けてあります。

2015-06-23 113 
廻りを何軒もの家々で囲まれた中に建ちます。

2015-06-23 114 
左右のかわいらしい狛犬は陶製・・・(*^_^*)です。

2016-05-26 093 
カメラのシャッターを押すのに夢中になり、少し遅くなりましたが、二拝二拍手一拝・・・m(__)mです。

2016-05-26 091 
狛犬が載せられている石は、元々は社の台座として積んであったものなのかも?・・・

さらに一礼して境内を離れました・・・m(__)mです。
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鹿川 将軍社 郷土資料館

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鹿川将軍社の境内奥に、「郷土資料館」があります。
館内の見学には手続きが必要ですが、館外に並べられている展示物だけでも十分に鑑賞価値はあります。

資料館の入口に、赤い郵便ポストが置かれています。
このような赤い色をした円筒鉄製ポストの原型は明治34年、発明家である俵谷高七氏が考案したものであると云われます。

その後、雨除けの庇などが改良されたり、戦時中の鉄不足だった時代にはコンクリートで作られたりもしましたが、昭和24年、本体の高さ135cm、直径40cmで統一された画像に見るポストが登場、正式名称を「郵便差し出し箱1号(丸型)」と呼ばれ長く親しまれてきましたが、現在では昭和45年登場の角型のポストに置き変わっています。

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資料館の廻りには沢山の石臼が並べられています。

これらの石臼は、一般家庭の粉ひき用としてではなく、サトウキビを潰して糖液を絞り出すためのローラー部として使われました。

水力利用の望めない当地において、石臼を回転させるための動力は、人力又は牛馬に頼ります。

2015-03-20 113 
砂糖づくりのための最重要な道具として、大切に使われたのでしょう。

サトウキビ栽培の廃れたあとも、その過酷な労働の記念として今に残されています。
この石臼は、方位盤石として再加工され、長くお庭の中央に据えられていたようです。

ちなみに、当地におけるサトウキビの栽培は、天保七年(1836)中村の宇根円兵衛が讃岐国から種苗を密かに持ち出して増殖したのが始まりとされます。
以後島内の干拓地を中心に生産量は延び、明治20年(1887)ごろに最盛期(江田島町、能美町を合わせた作付面積で、約145ヘクタール)をむかえます。

が、明治30年ころから出回り始めた輸入砂糖に圧され、大正末年に途絶えたと云われます。

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石臼、または突き臼、一般的には唐臼(からうす)と呼ばれるものです。

回転ではなく上下の往復運動により、穀物の製粉や脱穀を行う機具です。
動力は人力、支点があり足踏みでシーソーのような運動をさせます。

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唐箕(とうみ)と呼ばれる農具です。
風力を起して穀物を精選するための道具で、収穫した穀物を脱穀した後、籾殻や藁屑を風によって選別するために用いられます。

人力により板羽を回転させて、風を起こします。


2015-11-10 060 
壁に立てかけてあるのは大八車です。
車輪や車軸は簡単に取り外せ、別々に格納することもできる優れものです。

動力は人や牛馬によります。

2015-11-10 062 
牛馬に引かせて、田んぼの代掻きをするための農具だと思いますが???・・・(^_^;)です。

2015-03-20 146 
背負い子です。

急坂で狭い農道を、人力で重量物を運ぶのには最適な道具です。

2015-03-20 145 
すべりや枕木を使って船を陸に引き上げるための、巻き揚機だと思いますが?・・・

正確な天気の予報ができず、また貧弱な防波堤しかなかった時代、漁を終えた船はその都度、陸に引き上げていました。

小さな伝馬船なら夫婦でも引き上げ可能ですが、大型船はすべりを利用し、男衆十数人の力で巻き上げたようです。

2015-03-20 111 
ダブルピストン方式?の人力消防ポンプです。

天大将軍様が3軒以上の家は焼かぬと言われたのには、地域の高い防災意識や地元消防団の実力を十分に評価しての当を得たお告げだったみたい・・・(^_^;)です。

鹿川 将軍社 2/2

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将軍社拝殿の天井には子供神輿が四基、梁にロープで結んで格納されています。

神輿には「交通安全祈願」のお札が張られており、例祭の日には地区ごとに分かれ町内の隅々までを威勢よく練り歩くのでしょう。

2015-03-20 136 
御神輿の中には大きな鈴が掛けられています。

学童のキャーキャーと騒ぐ声に、ピ~ヒャラ、ドンツク、ガランガランと賑やかな音をたてて行くことでしょう・・・(*^。^*)です。

2015-11-10 082 

大人用の御神輿よりは軽く造ってあると思いますが、飾りつけもあって結構な重さになりそうです。

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天狗様のお面が奉納されています。

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奉納 藤本正 平成15年10月吉日となっています。

2015-11-10 087 
奉納絵馬の下には、御寄進をされた方々のご芳名が、それぞれ一枚づつの木札に書かれてはめ込まれています。

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道場の門人札のように整然と並びます。

2015-03-20 133 
将軍社改修 総代寄付者芳名 平成十六年四月吉日
五万円 井手勝
参万円 米原邦治 平野了 脊戸治人
壱万円 木村博 白石勝洋 森井弘 松岡昭則 藤田隆彦 前年行 木葉登喜夫 前浩治
施 行 白石勝洋

2015-03-20 134 
鹿川将軍社周辺整備発起委員会
委員長 今宮春雄
委 員 平岡透 猪垣弘志 吉岡定雄 沖川大一 平岡慶三 松田斎 徳永茂雄 西山稔 池本豊 三笠六市 藤本司 小原修 今宮 勲 高井勇 井手勝 長平良正
大工
幹事 木原好鷹
佐木数一 原口清三 空本光法 白石勝洋 南波肇 石原弘 藤田義雄 西浜和彦 浜嵜和春 木原逸司 横撫透
左官
幹事 松田斎
沖口弘 河岡博義
板金
幹事 矢崎宗一
池田勝美 奥山和則 奥山論一 沖口勝成
庭師
川戸寿 井手勝
協力団体
鹿川小学校PTA 鹿川保育所保護者会 高校生保護者会 鹿川花組合 住よい町を作る会 部落長 老人クラブ 婦人会 消防鹿川分団 商工会青年部

新家建設 重松建設 平井建設 平井ブロック 川上茂 藤田鉄工所 島田鉄工所 小西木工所 植松石材

八幡神社 宮司 原正宣
昭和五十六年十月吉日

鹿川町民総出演の一大整備事業・・・(*^。^*)でした。

2015-11-10 093 
拝殿の天井中央の梁に大ぶりな木槌が奉納されています。

由来を記したものはありませんが、おそらくはこの拝殿を再建した大工棟梁が寄進したものであろうと思います。

鹿川 将軍社 1/2

4)能美町・沖美町南部 鹿川将軍社・郷土資料館 
鹿川の町を見下ろす丘の上、鎮守の森の中に鹿川将軍社が鎮座します。

将軍社(天大将軍社)の祭神は経津主命(ふつぬしのみこと)と武甕槌命(たけみかづちのみこと)であると云われます。

昔(1680年頃)、棟という家の人が田に水を引くため井戸を掘っていたところ、武人の姿をした人形が出てきました。
子供の遊び道具にでもと家に持ち帰ったのですが、その夜夢枕に現れ「我は天大将軍なるものである。我を祀るなら年に三軒以上の家は焼かぬ」とのお告げを聴き、丁重にお祀りしたところ、以来鹿川において大火の起こることはなくなった・・・と。
(以上能美町誌より・・・m(__)mです。)

2015-03-20 152 
人家の立ち並ぶ細い路地を登った先に、花崗岩から切り出した大きな鳥居が建ち、さらにその先へと花崗岩の急な石段が積み上げられています。

鳥居には、奉寄進 施主 豊嶋忠敬白 文政十一戌子二月吉日 石工 吉浦 長十藤原元房の文字が見えます。

2015-03-20 148 
鳥居のすぐ下まで、鹿川の家々が迫ります。

2015-11-10 075 
境内には真砂土を突き固めた土俵が残ります。

昭和も中期の頃までは小中学校の校庭、神社、各村々の広場など、どこにでも作られていた土俵ですが、最近はまったく見ることがありません。

この鹿川将軍社に残る土俵が、おそらくは江田島市内で唯一最後の土俵となるのかも? ・・・(^_^;)です。

2015-03-20 126 
拝殿の奥に、将軍社の社額が見えます。

まずは、二拝二拍手一拝・・・m(__)mです。

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けして大きな社ではありませんが、しっかりと組み合わせた土台の石に、石工さんの強い意気込みが感じられます。

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堅く組まれた土台に、簡素ですが、端正でバランスの取れた拝殿が凛として建ちます。

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飾りは簡素ですが、将軍社らしく直線的で几帳面な造りとなっています。

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本殿は拝殿とは離れた別の石組の上に乗ります。

その脇に建てられた石碑に銅板がはめ込まれています。
鹿 川 将 軍 社
祭 神
経津主命
武甕槌命

由 来

瀬戸内海に於る海賊との戦いに武勲をたて武人として祭る。

明治三十年頃より鹿川神社となれど明治三十七年頃改築(棟梁)石原林平で完成す。
以後鹿川将軍社として祭事行なわれ二度ほど修理、今日に至る。

改修
鹿川将軍社発起委員
委員長 今宮春雄
委員 今宮勲 小原修 藤本司 猪垣弘志 徳永繁雄 平岡慶三 平岡透 井手勝 松田斉 沖丈一 高井勇 池本豊 吉岡定雄 三笠六一 長平良正 西山稔
昭和五十六年十月吉日

2015-11-10 095 
鎮守の森にはシラカシの古木が十本ばかりあって互いに梢を競っています。

この日、境内や石段周りには何千個もの鹿の糞?いや、シラカシの実がばら撒かれており、ときおり吹く風にパッチン、コッツン、ポッツン、パラパラと、さらに数を増やしていました。

江田島市内でここまでまとまった数のシラカシの古木を見たのは始めてです。
もしかしたら食べれるかも?って、十数個ポケットに入れて持ち帰りました。

フライパンで炒め、ビールを飲みながら奥歯で噛み砕きましたがが、3個でギブアップ・・・(^_^;)でした。

中町 古地図

2012-08-25 001 028 (2) 
画像は能美町誌に掲載の「中村絵地図」(芸藩通志1825年)をコピペしたものです。

近代測量の原点といえるのは文化3年3月(1806)の伊能忠敬一行による、能美島、江田島の測量によるものですが、それらの機密資料を一般人が目にすることはできず、文政8年(1825)の「芸藩通志」に掲載すべく、文政2年(1819)、その元図となる「国郡志御用につき下調書出帳」に提出した能美島や江田島の各村々の絵地図が、当時村民が知ることのできた、もっとも細密な地図であったろうと思います。

ちなみに、寛永15年(1638)浅野広島藩による領内蔵入地の地詰(検地)が行われ、能美島東に6、能美島西に10の村が、指定されていますので、役所には上記鳥瞰図風な絵地図以上に詳しい地形図があったと思いますが、一般の村民がそのような地図を見たり、あるいは作成などしたら?・・・どえりゃ~事になったでしょう?・・・(^_^;)ね。

中村古地図(全JPEJ) 
中村絵地図の不明瞭な文字や線を打ちなおした改正地図ですが、読み取りにく部分はかなり適当に推測しアレンジしていますので、改悪となった部分もあります。

より正確を期する場合は、原本である能美町誌、あるいは芸藩通志にてご判読をお願いします。

中村古地図B2 
上図左半分を拡大したものです。

中村古地図(北半分) 
右の半分を拡大したものです。

中村 1947 12 15 
敗戦まもない、昭和22年12月15日の中村(中町)の航空写真です。

中田湾には被弾着底した重巡洋艦利根の姿もあります。
さらには、埋め立ての海岸線などは江戸末期の芸藩通志図と同じように見えます。

画像は国土地理院アーカイブからのコピペ・・・m(__)mです。

国土地理院 中町 
最新の国土地理院地図のコピペです。

近年になり、見浪や市役所付近に追加の埋め立てが完了しましたが、建設重機のない江戸時代、人力のみで、ほぼ現在の地形に等しい干拓事業が成されていたことには驚きを感じます。

昔の人は、ほんとにエライ ・・・(*^。^*)です。

中町 いいとこ撮り(他) 6/6

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2010-07-08
お家の前の通りに、風呂焚き用の薪がきれいに切りそろえられて積まれています。

風呂焚き用?なのだから、もっと適当な長さに切っても良いだろうと思うのですが、島内ではこのように几帳面に切りそろえてある焚き木をよくみます。

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2011-06-08
戦前に作られたと思われる、当地で普通にみる石垣です。
主には花崗斑岩、一部花崗岩や玖珂層群系の堆積岩を使って積まれています。

石組は規則性があってしっかりしていますので、石工さんが積んだもののようですが、石材は近くの山から剥ぎ取ってきたものだろうと思います。

この付近には風化し脆くなった江田島花崗閃緑岩と、それに貫入した花崗斑岩、宇根山から剥がれ落ち、転石となった堆積岩がみられます。

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2011-06-08
民家の外囲いの下に並べてあるミニチュアのお家です。
まだガラス戸は無く、屋根も茅葺とスギ皮を使っていますので、明治大正から昭和の初期頃までのお家のようです。

細部まで作られており、外で雨風を当てるには欲しい傑作です。

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2015-07-23
奥の方にはログハウス?、左は商家風?、右のは太い柱を組んだ吉野ヶ里遺跡風の建物、他にも珍木、奇木など多数展示されています。

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2014-11-06 043
運搬車の荷台に肥料や農作業用の道具を積んで、山裾の畑へと出かけます。

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2015-06-02
昭和の中期から後期に大活躍した耕運機、メーカーはヤンマー ・・・(*^。^*)です。

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2015-11-09
田んぼの向こう、なにげに見るとレンガ積みの煙突?が見えます。
もしや???、レンガ工場?の煙突???。

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2015-12-28
この近辺では隣町である高田で、明治16年にレンガの製造を開始したのが始まりとされ、以後順次生産量は伸び続けましたが第一次大戦後の大不況に会い昭和2年には、すべての工場が閉鎖されました。

ちなみに明治39年(1906)の記録に、大柿村大君に2件、鹿川村1件、中村1件、津久茂村1件、三高村2件、高田村には6件のレンガ生産事業所があったとされます。

追記です。
画像のレンガ造りの煙突は、造り酒屋「中上酒場」さんで使用されたものです。
今は廃業されていますが、かって能美の優等清酒として、「寿美の井」「姫鶴」が醸造されていました。

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2015-11-11
えっ?、お馬さん??、いや、ポニーさん?みたいです。

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2015-11-11
とても人なつっこくて、愛想の良いポニーさん?です。

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2015-11-11
た・ま・げ・たぁ~~~。
ひまわり式のソーラー発電装置・・・(*^。^*)です。

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2015-11-11
台風のときは少し怖い気もするけど・・・、へぇ~~~、すっごぉ~~~い。
ここまでやるかぁ~~~ ・・・(*^。^*)です。

中町 いいとこ撮り(風景) 5/6

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2015-06-02
大迫地区にある農業用水池の堤に咲いたウツボグサです。
多くの用水池が手入れされることなく荒れ始めている中、この大迫農業用水池は十分な管理がされており、毎年定期的に堤防廻りの草刈りも行われます。

野外で咲く草花のほぼすべては人類が農耕や牧畜を始める、ず~っとずっと以前から赤や青のきれいな花を咲かせ、飛び交う昆虫の協力を得て次世代に子孫を繋いでいます。

人類が草花の存続に多少なりとも影響を与え始めたのは、人が火を使い始めたり、牛や羊を飼い始めたり、川の流れを調整して農耕を始めてからでしょうが、近年の絶滅危惧種の指定とかは多少大袈裟すぎるのでは???・・・です。

人の力で守ってやれることがあれば、当然そうすべきですが、たかだか数十万年の歴史しかないホモ・サピエンスに、数億年を逞しく生き抜いてきた植物がわざに助けを求めるでしょうか?。

ウツボグサの花々の間を流れる風の音に「ワシ等の心配をする前にオマエラ人類の将来を考えろよ」って聞こえたような・・・(^_^;)です。

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2015-06-02
チガヤの白穂が風に揺れます。
まもなく数億個、数十億個の子孫が新天地を目指して飛び立ちます。

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2015-10-23
セイタカアワダチソウです。
原産は北アメリカで、明治時代末期に園芸目的で持ち込まれました。
移入当初は珍重された晩秋の黄金花も・・・(^_^;)です。

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2015-11-11
中田湾の浅瀬を埋めつくすカキ棚です。
現在のカキ筏による養殖が全盛となるまでは、このカキ棚を使った養殖が一般的でしたが、今は一時的に生育を遅らせる出荷調整用として使われています。

ちなみに、中田湾でカキ養殖が始まったのは昭和3年(1928年)、筏垂下式カキ養殖は昭和23年(1948年)、いずれも高田村が先駆したと能美町誌にあります。

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2015-11-11
秦の始皇帝となって、軍の隊列を観閲している気分「かし~~~ら、なか」・・・(*^。^*)です。

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2015-12-28
中町桟橋から能美海上ロッジへ向かう歩道です。
江田島市内でもっともナウイ、イケテル道路・・・(*^。^*)です。

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2016-01-11
江田島市内でもっともナウイ道路の内側には、干拓をやり残した、ヨシの茂る太古の江田内を彷彿させるような調整池が残ります。

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2016-03-17
お百姓さんが耕運機で田んぼを耕し始めるころ、あぜ道にはツクシ坊がグングンと頭をもたげます。

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2016-03-17
桃源郷 ・・・(*^。^*)です。

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2016-03-17
黄金郷エル・ドラード・・・(^_^;)です。

中町 いいとこ撮り(風景) 4/6

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2014-04-03
菜の花は見るだけじゃなく食べることもできます・・・(*^。^*)です。

市販商品名、三重なばな・伏見寒咲花菜・博多菜・とうな・かき菜・小松菜・アスパラ菜など食用花菜として選抜、あるいは品種改良されたものが各地にあるようです。

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2014-04-03
無理に食べなくても、見るだけでも・・・(*^。^*)です。

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2014-04-03
畑の石垣に沿ってハナモモが一列に植えられています。

花卉園芸樹として生産出荷するためなのか?、農家のおじさんの趣味で植えたものなのか?不明ですが、真っ赤なお花の下での農作業は、 ♪ ♪ ♪  東京ブギウギ リズムウキウキ 心ズキズキワクワク  ♪ ♪ ♪ ・・・(^_^;)です。

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2014-04-03
ハナモモ畑には、オレンジ色のキンセンカ、ラッキョ、ワケギ、ニンニク、ソラマメ、シュンギク右手前の畝にはジャガイモ?・・・自家用栽培としては十分な量・・・(*^。^*)です。

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2014-04-03
隙間なく栽培されていただろうみかん畑に、一本だけ残った夏みかん(甘夏みかん?)です。

夏みかんの類は強健で生育旺盛、乾燥にも強いので昭和の中期ごろには島内でもたくさんの夏みかんや甘夏みかん、八朔が栽培されていました。

残念なことに、近年の甘い果物を好む味覚変化におされて需要は激減、作っても売れない柑橘の代表種となってしまいました。

ちなみに、夏ミカンは他のミカン類と同様に晩秋には黄色く色付きますが、その時点では酸味が強すぎて食べられません。
冬まで待って収穫し、貯蔵して酸を抜くか、あるいは春先から初夏まで木成りで完熟させる事で酸が抜けて食べられるようになります。
初夏(4月~6月)の時期に食べられるミカンと言う事で夏ミカンと呼ばれるようになりました。
原産は日本で、江戸時代に山口県の青海島で西本於長氏が海岸に流れ着いた柑橘の種を育てたのが最初と言われています。

2014-11-06 045 
2014-11-06
畑から抜き取った大豆をハゼ(ハデ)に架けて自然乾燥させています。

普通に知る大豆は酒のおつまみとして出される、緑の鞘に入った枝豆ですが、そのままで畑に置き完熟させますと、節分の豆撒きに使う炒り大豆や、加工品の豆腐や納豆、豆乳や味噌などの原料になります。
かっては大豆も当地の主要な産品でしたが、大型コンバインで刈り取り強制乾燥させた激安な海外産の大豆に駆逐され、このようなのんびりした光景を見ることは、稀なこととなってしまいました。

2015-03-20 029 
2015-03-20
かって能見簡易保養センターのあった松ヶ鼻の高台から見た、トトウガ鼻の海に浮かぶ国民宿舎能見海上ロッジです。

2015-04-23 085 
2015-04-23
家族では食べきれなかった大根から真っ白い花が咲きました。

2015-06-02 035 
2015-06-02
旧道の法面にタチアオイの花が賑やかに咲き乱れます。

子供の頃、花びらを鼻の頭にくっつけ、わしは天狗様じゃぞぉ~~~って、女の子を追っかけまわした記憶が・・・(^_^;)です。

2015-06-02 042 
2015-06-02
重油の高騰でしばらく採算割れに追い込まれたハウス栽培ですが、近年の原油値下がりでまた、息をふき返そうとしています。

零細なお百姓さんにとって、急激な物価や為替の変動は致命的です。

「春の海 ひねもすのたり のたりかな」
そんな世の中の方が、良いなぁ~~~。

♪ 私 待つわ いつまでも 待つわ ♪

と、満開のマツバギクさんがおっしゃっています・・・ (^^♪ です。
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