是長 入鹿明神社 1/3

s-是長グーグル・入鹿明神社 
是長地区は旧沖村では最北部に位置し、長い海岸線が北へと伸びて旧三高村の美能・高祖と接します。
現在の海岸線道路ができる前は、東へ高松峠を越えて三吉へと通じる山道が本道でした。

入鹿明神社は是長の集落からは離れた、しかも道路沿いでもない海岸のはるか先にあり、観光開発が進む前はかなり辺ぴなところでした。

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かって辺ぴで人気もなかった入鹿明神社の目の前は、現在「入鹿海水浴場」「サンビーチおきみ」と銘打って護岸や堤防を整備し、砂を盛って立派な人工砂浜の海水浴場ができあがりました。

軽自動車もやっとの狭い海岸道も観光バスが入れるくらいの広さに拡張、うまく詰めれば100台は入れそうな駐車場も整備されています。

左手前の石灯籠側面には文政十三年庚虎六月十七日と彫られています。

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鳥居は一部修復されていますが、???山野井忠八 元文三年戊午三月吉日 石工 松上長??の文字が見えます。

鳥居の脇に由緒が記された板が立てられています。

入 鹿
(いるか)明 神 社
嘉慶元年(1387)藤右馬守忠正が創建したといわれ、祭神は海の神(上津綿津見神ほか二柱)で、これについて、その昔、鹿などを射て暮らす善久という人がいて、或る夜、老翁が夢枕に現れ、「この沖に頭に榊葉をいただき弊帛をつけた鹿が上がる。これは、筑前(福岡県)入鹿大明神の分身なり」と告げます。夢からさめた善久が沖に出てみると、一匹の鹿が浜辺に身震いして立ち、その背に白木の弓を肩に横たえた天人が降りてきて「ここに社を建てて入鹿明神を崇めよ。我は本地大日如来なり」と告げた。というような伝説があります。

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入鹿明神社拝殿です。
狛犬はみえませんが、等身大に近い大きさで木彫り?のライオンが周りを威圧します。
(なぜ、ライオンなのかは?のちほど・・・びっくり、しゃっくり、ぶったまげ~・・・(*^。^*)です。)

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靴底の砂を払って拝殿に上らせていただき「二拝二拍手一拝」です。
社額は「入鹿神社」と揚げられています。

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頭に榊葉をいただき弊帛をつけた鹿が上がってきた神の道です。

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左高所に建つのが本殿、幣殿で結んだ先の瓦ぶき屋根が拝殿、さらにその先、阿多田島や宮島の浮かぶ大海の方向へと向かって石鳥居が建ちます。

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再建の時期は不明ですが、旧拝殿の鬼瓦です。

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天保十一 九月十日 の文字が見える石灯籠です。

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「能美島志(1763年)」には、「社後峻巌千尺、小松森々タリ、社前細石玉ヲ布クガ若シ、碧海渺茫タリ」と記され、当時より景勝の地とされていました。
(上記、沖美町史よりコピペ・・・m(__)mです。)

現在小松の森は縮小し、細い石玉は他所より運ばれた細砂と変わりましたが、社後に迫る千尺の峻巌はそのまま残り、碧海の渺茫(びょうぼう)も当時のままに残ります。

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大きな台風が来れば容赦なく大波が押し寄せる砂浜に大きな灯篭や石碑がたくさん寄進されています。

おそらくは、何度も倒され、そして八起したのでしょう。
手前の自然石っぽい巨大石柱には明治十年九月吉日の彫がみえます。
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