是長 御子添地蔵・御子祖山

s-鹿田公園 
入鹿明神社の背後あって、峻巌千尺とされる御子祖山(みこそやま)とその尾根の先端、都母ヶ宇根(つぼごうね)へ登ってみることにしました。

御子添地蔵・御子祖山 
御子祖山(127.1m)の東側は花崗岩の風化土で、肥料と水さえが供給できれば畑作地としては、最適な土地なのですが、三高ダムからの農業用水が供給される以前は、つねに水不足による日照り障害のリスクを背負うとても過酷な環境でした。

そのためもあって、農業以外に活路を見出すべくリゾート開発にいち早く転身、別荘用宅地造成、レジャー施設用地取得、ビーチ整備、観光道路整備、観光農園事業推進、とうとう、元からある自然が豊かで風光明媚、気候条件などもすべてがリゾート開発条件に適合、一気に開発が進み当時の沖美町町政もそれを大いに支援しました。

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御子祖山、都母ヶ宇根も含め広大な用地を取得し、鹿田公園が整備されています。

スポーツ施設としては、多目的広場としてグラウンドが1面、テニスコートが6面、ゲートボール場2面があり、さらに幼児広場、砂場、遊具芝生広場2面、庭園、花見広場、展望広場(御子祖山)、展望台(都母ヶ宇根)とそれらを結ぶ遊歩道、さらに第1、2、3駐車場、トイレ2棟、管理棟を備えたとても豪勢?な施設・・・(*^。^*)です。

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標高でやく100mの高地にありますので、見晴らしも最高、海を渡ったて吹き抜ける風も爽やかです。

右は美能の岸根鼻、左から伸びる山裾は宮島弥山に連なります。
沖をいくのは、マツダの自動車運搬船と呉基地を母港とする訓練支援艦くろべです。

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鹿田公園展望広場として整備された、御子祖山山頂(127.1m)です。
展望デッキもありますが、周囲の樹木が大きくなりすぎて視界は阿多田島・岩国方向のみです。

この山頂には江戸時代後期、広島藩が海上防衛のため一時期大砲を設置したと云われますがその痕跡などはまったく見えません。

ちなみに、御子祖山にまつわる伝説として、むかし入鹿明神社の幼き3人の御子がこの山頂に庵を営み、修行に励んでいたのですが、母に合いたい一心を、海を隔てる宮島弥山の三鬼大権現(三鬼さん)に祈願し、その思いが叶えられたとされます。
「御子祖山」や、当地の小字名「御子添(みこそ)」はこれに由来すると云います。

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御子祖山から都母ヶ宇根へは尾根にそって遊歩道があります。

あまり期待はしていなかったのですが ・・・ ・・・。
おい、おい、おい、これは、いけそうじゃ~ん。

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久々の高所に、少し足がすくみます。

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この日、遠方は薄くもやっていましたが・・・それでも。
いいじゃん!いいじゃん!

手前の防波堤内は鹿田港、その先には江田島市内でもっとも観光開発の進んだリゾートビーチが連なります。

よくは存じませんが、地図には手前から沖美ブルービーチ、沖美グリーンビーチ、沖美ニューブルービーチと名打ってあります。

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ほぼ垂直に100m以上の絶壁・・・(^^;)です。

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松の枝下に見える島は小黒神島です。

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一歩踏み外せば奈落の底となる畳一畳ばかりの大岩に、錆びた手すりを握りながら降り立ちますと、崖の窪みに小さな祠が残っていました。

御神体となるものは、なにも置かれていませが、軽く一礼し、この不安定な大岩を後にしました。

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山を下り、鹿田公園を出ようとするとき・・・。
あっ、お地蔵様です。

枝張りの良いムクノキの根元に小さな祠がつくられており、中にお地蔵さまが立たれております。
由来はわかりませんが、おそらくは先ほどの都母ヶ宇根の崖っぷちから移されたものであろうと想像し、合掌・・・m(__)mです。
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