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美能 美能内海漁港

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国土地理院よりコピペした昭和37年7月の美能地区中心部です。

画面上部が美能内海漁港で、下部が美能外海漁港となります。
港湾施設はとても貧弱で、小舟の多くは当時もまだ砂浜に引き上げていました。

内海には江戸時代に塩田の防波堤補強用に植えられた松並木が続いており、白砂青松、まさに童謡に歌う歌詞そのまんまです。

♪ 松原遠く消ゆるところ 白帆の影は浮かぶ ♪
♪ 干網浜に高くして かもめは低く波に飛ぶ ♪ ・・・(*^。^*)です。

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胡子神社の脇に「波止修築之碑」が建ちます。
裏面は読み取り不能で修築時期は不明ですが、おそらくは昭和42、3年頃だろうと思います。

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その時に増設された防波堤兼荷揚げ用岸壁です。
正確に切りそろえた花崗岩が隙間なく積み上げられています。

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近年の漁港は浮き桟橋全盛、多くの船が便利な浮き桟橋に付けられていますが、丈夫な浮力材が無い時代、小舟は砂浜に引き上げられ、大型船は沖合いでブイ係留または錨を落として停泊しました。

積み荷の搭載や陸揚げの時だけ岸壁に付けるのですが、潮の干満差が4mもある当地では斜めに勾配をつけた波止、あるいは雁木(がんぎ)と呼ばれる階段状の岸壁が利用されました。

この港が改築された昭和40年代は、まだ雁木が普通に使われていたのでしょう。

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画像は昭和50年1月です。

美能松原はまだ青々として元気いっぱいに枝を張り出しています。

それまではてんでに作業場を設けていた牡蠣生産者さんを集めた、カキ打作業団地も完成しています。

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現在の美能松原です。

百数十本はあったといわれる松並木は皆無となり、代わりとなる木々が植栽されています。
陶板にプリントした「美能松原公園」の文字が、かっての情景を漂わすのみです。

碧い海に白い砂浜、その浜に添うように緑の松原が続く、総数百数十本もの大きな松の木のある景色は実に素晴らしく島の人々は勿論、沖を通る船の人達にもよく知られていた。
江戸時代の中頃、河野氏が移り住んで塩田を開拓し、潮止めの堤を築き堤の強化を計って松の木を植えたのが、この松原の松であった。
その松は百四、五十年も過ぎて巨木となり、堤を守ると同時に防風林として、住民の家屋を守りまた、夏は涼風を呼ぶ憩いの場として人々に愛され親しまれて来た。
特に、戦前海水浴場として賑わい栄えたこの浜は、戦後時の移り変わりと共に、大きな漁港となり、松は酸性雨と平成三年の台風十九号による風と塩の害を受け更に松食い虫で残念ながら終に一本も残らず姿を消し、唯松原の名のみ残ることになった。
これを惜しみ昔日を偲んで、この所に若木を植えて公園を造り、松原公園と名付けて後世に伝えんとするものである。

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陶板にプリントされた、県道36号線に沿う松並木です。
撮影は昭和60年頃?で、海岸の側から南の集落方向を写したものです。

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砲台山林道中腹から見た現在の美能内海漁港です。

画像中央部の、もと陸軍兵舎?があった跡地は戦後GHQに、さらに三高小学校美能分教場(昭和26年5月から29年3月?)として利用されましたが、その後は町民グラウンドに、そして今は沖美ふれあいセンター(町民の福祉の増進と、健康で文化的な魅力ある町づくりをめざし、集う・学ぶ・健やかの3部門を中心に建設したもので、地域福祉の拠点、並びに芸術・文化・交流の場として親しみやすい機能的内容の充実した施設です。)となっています。

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昭和40年代に改修された雁木の前に舫われた漁船、手前の船は、刺網(建網)漁やタコ壺漁、アナゴ漁仕様の漁船、右手の方には小型底引き漁船が泊めてあります。

沖美町史によれば、当地は古くからナマコ漁が盛んにおこなわれており、江戸期に紀州漁師の指導によりイワシ漁(鰯網)が始まり、他に一本釣り漁・しばり網漁・うたせ網漁・たこ壺漁・貝堀り・カキ養殖・真珠養殖など魚種に合わせた多彩な漁法が発展しました。

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牡蠣(カキ)の生産高で全国一位、二位を競う江田島市にあっても、沖美町の美能魚協と三高漁協の牡蠣生産量は群を抜いています。

先年、堅牢長大な防波堤を持つ近代漁港に大改築された、美能内海漁港の港内には何台もの牡蠣養殖筏が係留されており、新規の養殖準備作業が着々と進められています。

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牡蠣打ち作業場とその前に泊まる、揚収牡蠣の運搬船(カキ船)です。

この壮大な景観はもはや漁業のレベルを脱しており、牡蠣生産工場といった雰囲気・・・(*^。^*)です。

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浜には牡蠣筏の材料となる、孟宗竹と間伐杉の丸太が準備されています。

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戦前に造られたであろう波止の突端に小さな漁師小屋が立っています。

二畳ばかりの小さな小屋の中にドラム缶で作った竈(かまど)が置かれています。
その焚口の奥で、くべられた薪が燃え尽きる寸前、最後の炎がポッと小さく上がりました。

季節は3月、早朝の漁から帰った漁師さんがしばし暖をとり、世間話を終わって家に帰ったのでしょう。

今さっき、押し車に寄りかかるようにして通り過ぎていったお婆さん、薪が最後まで燃え尽きるのを見届ける火の番を引き受けていたんでしょうね。

この日、春の日差しが快い一日でした。
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