秋月 秋月弾薬庫

2)江田島町南部・秋月弾薬庫 
秋月の最北部、小用地区と接して、久村と呼ばれる干拓地がありましたが、明治の中期に海軍省に買収され、以後海軍秋月火薬庫となり、戦後は米陸軍にソックリ接収され、秋月弾薬庫となって今にいたります。

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正門は小用側にあり、表の看板には「米陸軍秋月弾薬廠/第83武器大隊 秋月弾薬庫」と記されています。

この先には、衛兵詰所があり、若くて長身、筋骨隆々なアーミーが、腰に実弾入りの拳銃をぶら下げて、仁王立ちに此方を睨み付けています。

「写真を一枚・・・」、なんて言ったら、カメラを没収され、軍法会議にかけられそうな雰囲気でしたので、慌てて引き返しました・・・(^_^;)です。 

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左に見える街並みが小用区で、右の平地が久村干拓地、現米陸軍秋月弾薬庫です。

戦後、枕崎台風(昭和20年9月)で旧日本海軍の弾薬が被災し、その処理のための強制爆破で、ぶっ飛んだ岩塊が中央の小山を越え、小用区の民家の屋根に大穴を開けたとか・・・(^_^;)です。

また、久村の干拓事業は、当時(1821年)の最新技術を駆使したもので、歴史的な価値が今に残るといいますが、かってに見学することは不可能です。

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弾薬庫の廻りは、二重に柵がもうけられ、「立ち入り禁止」の札が掲げられていますが、英語?で書かれてありますので、チンプンカンプン。

おそらく、「この柵内に立ち入る場合は、死を覚悟せよ。」とか、書いてあるんじゃ・・・(*^_^*)です。
 

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弾薬の、荷降ろし場?です。

背の高い電柱が何本も立っていますので、当初ゲリラを感知するための特殊装置か、と思っていましたが、どうやらカミナリを防御する、避雷針のようです。

下に並んでいるコンテナには、実弾がギッシリ詰まっています?・・・(*^。^*)です。
 

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この部隊は、陸軍なのに船も持っていて、呉にある基地との間を行き来しています。
船種は小型上陸用舟艇(LCVP ビギンズ・ボート)だろうと思います。

手前の白い建物は、周りを土塁で囲まれ、入口はトンネル状になっていますので、かなりヤバイ感じ・・・(*^_^*)です。

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弾薬庫敷地内で、最も大きな建物で長さが200m近くあります。
これらの建物は、大半が戦前に建てられていたようです。


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秋月弾薬庫は街並みの向こう、小山の裏側になりますが、弾薬を格納している地下トンネル網の一部は、この家々の下にまで入り込んでいるとか?

アナ、おそろしやぁ~・・・(^_^;)です。
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