秋月 いいとこ撮り 1/2

2)江田島町南部・秋月町並み 
地図上は、江田島町の中心地や、玄関口となる小用港に近い位置にあるのですが、秋月トンネルが開通する以前は、地理的に隔絶され感が強く、住民の意識や行動も島外へと向いていました。

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古くから教育には熱心な地であり、秋月小学校の前身は、1874年3月(明治7年)有隣社と称し、秋付説教場(現教法寺)に男女2人の教員と、男子33人女子2名をもって始められました。

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児童数の激減により、2006年3月(平成18年)廃校となりましたが、校舎は今も残り、玄関の上には大きく校章が掲げられています。

デザインは、イチョウの若葉と月と波をイメージしたものだと思いますが???・・・。
クレームがあれば訂正します・・・(^_^;)です。
 

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平成2年、大柿町飛渡瀬から移転した江能准看護学院です。
前身は1969年(昭和44年)3月、江能4町、全医師の総意により出資金を集め、能美町中町に小学校施設を活用して、修業2年、学年定員20名として認可、創設されました。
 

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島内で最も長大(延長1005m)な秋月トンネルが完成したのは、1981年(昭和56年)10月1日です。
秋月地区に隣接する、米陸軍秋月弾薬庫からの避難路として計画されましたが、これにより秋月区の道路事情は一変し、その後の区内道路、港湾整備のさきがけとなりました。


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まだ、旧秋月港が賑わっていたころ、桟橋前に建つこの家の土間には、豆腐やかまぼこが並び、棚には駄菓子があって、店には似合わない大きな冷蔵庫に、アイスキャンデーが一杯詰まっていました。

その冷蔵庫を開いて、アイスクリームを3つ買ったら、アイスキャンデーを1個、おまけに頂いた記憶があります。

炬燵でテレビを見ながら店番をし、ガラス戸を開ける音で土間に下り、エプロンの中でつり銭を勘定する時代は、もう、戻ってはきません。
 

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しびれ峠の付近にある、モウソウチクの竹林です。
島に限ったことではありませんが、各地で竹林の荒廃が大問題になっています。

カキ筏の主材料として、もっと利用されても良いように思うのですが、カキ筏用のモウソウチクは何故か、大型トラックで島外から運ばれてきます。

春にタケノコを採る人もなく、島の竹林は今、イノシシの楽園となっています。 

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よほどのお屋敷で、庭に松や楠木の大木を植えているのでなければ、どのお家にも日の出から日没寸前まで、日の光が燦然と差し込みます。

一見、うらやましくも見える光景ですが、空から、海からと2倍に増幅された強烈な太陽光は、人の健康を害します。

多くの老人は、眼病を患い、眼科医のお世話になっています。
(注 : 太陽光と眼病、その他、疾病との関係には諸説あります・・・(^_^;)です。)
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