江南 大判神社

2)江田島町南部・江南大判神社 
江田島町史を見ても、江南地区の神社としては、先に記載した江南荒神社一社のみで、大判神社についてはまったく知りませんでした・・・m(__)mです。

江南・大判神社 
たまたま、グーグル地図を検索していましたら、突然「大判神社」の名が出てきて、びっくり仰天です。
しかも、荒神社が表示される拡大図の前に、縮小図の段階から大きく出ますので、・・・えっ、そんな大きな神社が江南にあったっけ?って、・・・さっそく、山道を分け入ることにしました。


2012-12-09 002 008 (800x590) 
大体の見当で登り始めたのですが、道を整備する人もあって、普通のスニーカーを履いたまま迷うことなもく、丘の上に鎮座する、大判神社にたどり着くことができました。

2012-12-09 002 009 (800x589) 
丘の上の、巨大なムクノキの下、花崗岩を刻んだ、りっぱな作りの祠です。

2012-12-09 002 012  
奉納石柱の裏面には「1964年 オリンピック記念」とあります。

そのころには、この丘の周りは、すべて芋畑に覆われ、お百姓さんが何人も出て、土を耕していたことでしょう。

そして、ずう~っと、ずう~っと前から、この丘の上には、雨風に打たれ屋根も朽ちた、小さな祠があったんでしょう。

秋の収穫のお昼時、たまたま丘の上に、おむすびとお茶を持って集まったご近所さんが、数家族・・・。
その場で、「この祠、わしらで作り変えるだべ」、「んだ、んだ、むかし、むか~しのご先祖様が祭った祠だで」、「爺さんの話じゃ大判神社だっちゅうて、むか~しから、ここらの守り神じゃげながぁ」、「んだ、んだ、東京の方じゃ、来年オリンピックちゅう祭があるげなで、わしらもなんぞ、のぉ~」

で、東京オリンピックが開かれたその年、丘の上のムクノキの下に、ぴっかぴかの祠が現れました。

2012-12-09 002 018 (800x599) 
奉納石柱の裏面を写して後ろを振り返ると、冬の澄んだ日差しが、祠の屋根をぴっかぴかに照らしていました。

2012-12-09 002 015 
耕す人のいなくなった、丘の周りの段々畑。
頂上から、四方に枝をはり出したムクノキの下で、大判神社はこの先も、ずうっと、ずうっと・・・(*^_^*)です。

ちなみに、大判神社と呼ばれているのは、全国でも江田島町江南の大判神社1社だけのようです。
もしかしたら?黄幡神(おうはんじん、おうばんしん)の間違いかも・・・(*^_^*)です。


2012-12-09 002 013 
大判神社から、さらに山奥へと続く道?。
いったい、誰がこの道を狩り払ってるんだろう?。
この先に、農地なんて無理だろうに。
しばらく、道をたどると、なんと中国電力を記した杭を発見。
そうかぁ~、この先には高圧送電線の鉄塔があるんだ。
 
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
検索フォーム
カテゴリ
リンク
最新記事
月別アーカイブ
プロフィール

わきです

Author:わきです
FC2ブログへようこそ!