江南 県道44号線

2)江田島町南部・県道44号 
江田島町と大柿町を結ぶ、ほぼ直線の道路が開通したのは東京オリンピックが開催された、1964年の2月16日 (昭和39年)です。

余談になりますが、この前年の11月1日に、それまで江田島町飛渡瀬と呼ばれていた地名が、江田島町江南と改められ、大柿町飛渡瀬とはっきり区別されることとなりました。

江田島町と大柿町の境界は、この道路だと思っていたのですが、実際には少し複雑で、おそらくは飛渡瀬の呼び名にもなった、古い時代の水路(海岸線)?が、今のムラ境だと思われます。


江南・県道 
1962年5月16日に撮影された、航空写真(国土地理院)に、建設中の道路が写っていました。
現在の、「ゆめタウン江田島イズミ」あたりまで道路が広くなっています。


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江田島湾の最奥、鷲部地区の「江田島自動車学校」前から、ほぼ直線に南下する県道44号線です。

が、この44号線、もとは36号線と呼ばれていたようで?しかも国道487号線の開通により前後をもぎ取られ、現在の総延長は、起点江田島町中央、終点大柿町大君の10.1kmとなってしまいました。

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江田島湾の東側(内海)を走っていた県道44号線は、江田島市を二分し、大柿町外海湾の西側を通過します。 

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江南の古名である飛渡瀬とは、江田島町(江田島)と大柿町(東能美島)との間を、潮の満ち干に合わせて流れる水路があり、人が飛び越えて渡れるほどの狭い瀬であることから、飛渡瀬と名付けられました。

いつ頃まで、船が通過できるだけの水深があったかは不明ですが、おそらく江戸時代には満潮時、小舟が竹竿を押して通過できていたのだろうと想像します。

その後、航路としての必要性を失い、干拓に主眼が移されて、満潮時でも渡れるだけの土が盛られました。

話の出所は記憶にありませんが、江田島町本浦に海軍兵学校が出来たのち、学生の訓練の一環として江田島を短艇(カッター)で一周する競技が行われたました。
普通は江田島、能美島を含めて廻るのですが、あるチームはこの飛渡瀬に短艇を乗り上げ、陸上を担いで横断し、他のチームを圧倒、江田島を最速で廻ることができたとか・・・(*^。^*)です。

今も彼方此方に湿地が残り、冬枯れたヨシが北風になびきます。
 

グーグル・江南 藤三前 
グーグル地図、ストリートビュー画像、「藤三江田島」店前の直線道路です。

開通後、何度かの拡張工事もあったようですが、当時、こんな広い幅の道路なんて必要ないよって、雑言にめげず、りっぱな道路を作ったおかげで、今は島内最大のメインストリートとなっています。
 

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江南側から見た、江南および飛渡瀬地区です。

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島内最大のスーパー(イズミ)や家電量販店(エディオン)、藤三、ナフコ、ウォンツなど、大型店はすべて、この直線道路に並びます。 

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江田島町史よりの拝借画像・・・m(__)mです。
撮影時期は昭和38年ごろ、場所は江南1丁目の平田ガソリンスタンド店付近です。
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