中央 江田島八幡神社 2/2

浜本氏作成(昭和10年ごろ)a  
この地図は、山田在住の浜本達治氏が「昭和10年頃 矢ノ浦区概略図」として回想、製作されたものの部分図です。

今もそのまま残っているのは、八幡神社とその石段くらいです。
当時の神田川は、まっすぐに江田島湾へと注ぎ、川辺りには商家が整然と建ち並んでいたようです。
八幡神社の参道も埋め立て地をまっすぐに伸びて、沖の岸壁まで続いています。

この数年後には、埋め立て事業の障害となる神田川は、流路を大きく左へと曲げられます。
さらに付近の岬や小山を削り取った土石で、沖に浮かぶオカノイソ、オキノイソと呼ばれる岩礁をのみ込んで広大な干拓が行なわれましたが、そのすべてが海軍軍用地として、ときの政府に接収されました。


2012-10-24 002 020 
元は古鷹山の山頂にあった古鷹神社ですが、幾多の遍歴のあと、平成18年江田島八幡神社の境内に再建されました。

2012-10-24 002 021 (800x599) 
古鷹神社(古鷹大明神・鷹宮大明神・大鷹・雄鷹・古雄鷹の宮・鷹神社)の由緒書です。

2012-10-24 002 029 
金光稲荷神社です。
昭和51年京都伏見稲荷大社の御分霊を鎮祭しました。

2013-01-25 002 093 (800x584) 
八幡神社へと向かう裏参道に消防車が・・・

2013-01-25 002 105 (800x593) 
もしや、一大スクープ画像が・・・

この日は1月25日、明日1月26日の文化財防火デー本番訓練にむけての、さらなる事前訓練中・・・(^_^;)でした。
寒風の中での水仕事、・・・皆さま、ご苦労様です。


ミミズバイA (800x598) 
鎮守の森に残るミミズバイです。
過去には、もっと豊富な植生があったろうと思いますが、周りを車道として削り取られ、防災工事と称して山肌をコンクリートで塗り固め、植樹と称して勝手な木々を植え込み、・・・(^_^;)です。


イズセンリョウB (800x601) 
樹下の暗闇に、イズセンリョウの白い実が・・・

オガタマノキA (800x600) 
植樹されたオガタマノキ(招霊木)が大きく茂り、社務所の屋根に白い花弁を落とします。
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