中央 応谷山教法寺

2)江田島町南部・中央・教法寺 
中央地区と呼ばれるこの地は、かって中郷、向側、矢ノ浦、山田と呼ばれる集落に分かれていましたが、平成6年から9年にかけての江田島町新住居表示により、「中央」と一括されることになりました。
また、広く海岸を占有し、現在「国有無番地」と呼ばれる、海上自衛隊第一術科学校の敷地は、本浦と呼ばれる大きな干拓地でした。

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古鷹山山麓、旧海軍兵学校を見下ろす地に、浄土真宗本願寺派応谷山教法寺です。

応谷山教法寺は、寛永12年(1635年)に、初代延宋が矢ノ浦の地に応谷山と称して開山したのが始まりです。

その後、現在地から南西に400mばかり下がった位置、(現在は海上自衛隊第一術科学校敷地内)にあって、広大な境内には、明治15年に完成したばかりの、五百人は収容できるといわれる大本堂を有しました。
ところが、建立4年後の明治19年、突然の海軍兵学校江田島移転によって、立ち退きをせまられ、海軍省からの通知後わずか25日間ですべての伽藍を解体し、更地として開け渡すことになりました。


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急遽移転先に選ばれたのは、古鷹山の山麓、寺山と呼ばれる東栄山洞仙寺の跡地です。
狭い土地を広く削り、解体後野積みとなっていた部材を集め、2年半の歳月を労して、やっと大伽藍の移築建立を終えました。


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本堂正面の柱に五色の旗が結ばれています。
 

これは旧仏旗と呼ばれる、緑・黄・赤・白・紫(黒)の五色で中国の陰陽五行説からきているといわれます。

 

古来、仏旗は仏教を象徴する旗であって、「六色仏旗」「六金色旗」と呼ばれ、国や宗派により様々な形式の旗が用いられていましたが、1950年スリランカでの第一回世界仏教徒会議で正式に「国際仏旗」として採択された色は、青・黄・赤・白・樺の五色を使用し、教法寺で掲げられているものとは少し違いますが、その意図することは同じで、お釈迦さまの教えを守り、仏の道を歩む旗印です。

 

新規に制定された国際仏旗は、左から青、黄、赤、白、橙、そして一番右の列には五色を上から順番に並べた縞模様となっており、それらの色にはそれぞれ意味が込められています。

※ 青は仏陀の頭髪の色で、「定根」をあらわす。

※ 黄は仏陀の身体の色で、「金剛」をあらわす。

※ 赤は仏陀の血液の色で、「精進」をあらわす。

※ 白は仏陀の歯の色で、「清浄」をあらわす。

※ 樺(橙)は仏陀の袈裟の色で、「忍辱」をあらわす。

※ 残りの一色は「輝き」をあらわし、旗の六列目には独自の色は配されず、他の五色を上から順に並べた縞模様で表現されます。


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梵鐘は享保5年(1720年)の銘が入ったものでしたが戦時供出に遭い、戦後の昭和24年、新たに鋳造されました。

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鐘楼は弘化2年(1845年)に建立されたものが移築され、今に残ります。

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鐘楼の鬼瓦です。
まだ、新しい感じがしますので、昭和46年の本堂、鐘楼屋根の葺き替えが行なわれた際に取り換えられたのかも?・・・(*^。^*)です。

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秋の小春日和に揺らぐ教法寺全景です。

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古鷹山の山裾に、大伽藍の甍が光ります。

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境内には、古鷹の山から浸みだした清水が湧きます 。
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