中央 久枝家の五輪塔

2)江田島町南部・中央・五輪の塔 
観音堂の裏から切通しの道に下り、海側へ十数メートル進めば、亀山城主だった久枝家七代の五輪塔が整然と並びます。 

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初代忠三通重(1356年没)から七代重安こと吉原与三兵衛(1593年?没)まで、37基の五輪塔と多くの墓石が建ちます。

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元は寺山(現教法寺)と呼ばれる地にありましたが、昭和18年ごろ中郷、宮ノ原間の道路工事のため、現在地に移されました。

しばらくは粗末な石段の上で苔むしていましたが、近年になり整備されました。


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五輪塔は、インドの五大思想を取り入れ、密教の教えとしてアレンジしたものの一つで、平安時代末期の頃から供養塔、供養墓として使われました。

 

基本構造は、下から方形=地輪(ちりん)、円形=水輪(すいりん)、三角形(または笠形、屋根形)=火輪(かりん)、半月形=風輪(ふうりん)、宝珠形=空輪(くうりん)によって構成されます。


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大きさや形、石質にも時代による違いがあります。

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教育委員会による解説文です。

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春には丘の上に咲く桜の花が風に舞い、ヒラリ、またヒラリと五輪の肩に乗ります。

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立ち並ぶ五輪塔の背後にある山道は、古鷹山頂へと通じる登山道です。
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