国有無番地(旧海軍兵学校) 赤レンガ 1/2

旧海軍兵学校正門 
大講堂を出れば、すぐ目の前に赤いレンガ造りの建物が広がります。
っていうか、大講堂ホールに入る前に興味を惹かれてしまい、引率者による講堂内部の説明はうわの空だったりします・・・(^_^;)です。

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現在は海上自衛隊幹部候補生学校庁舎として使用されている、通称「赤レンガ」と呼ばれるこの建物は、明治26年3月、海軍兵学校生徒館として落成ました。

設計はイギリス人建築家の、J・ダイアック氏で、同年(1893年)6月15日、江田島湾に係留の東京丸より移転した兵学校生徒の、生活や学習の場となり、昭和20年の敗戦まで多くの海軍士官を育てる学び舎となりました。

戦後の混迷や進駐軍占拠による破壊をも免れ、明治黎明の歴史建造物として、また、当初の目的を継承した現役の建物であって、さらなる歴史を刻みつつこの地に残ります。


ちなみに、明治21年8月1日、海軍兵学校が東京築地より江田島に移転した当初は赤レンガ造りの生徒館は未完であり、生徒館(赤レンガ)が完成するまでの5年間、生徒の勉学や生活の場は江田島湾の桟橋に係留された東京丸でした。
 

記 : 「東京丸」とは、明治3年に米国から購入した、排水量1.400トンの木造船で、海軍運輸船として使用されましたが、明治5年、北海道メノコナイ沖で座礁沈没しました。

のちに引き上げて改装し、明治21年江田島に回航、学習船東京丸となって活用されました。


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赤レンガ(生徒館)の東側出入り口から見た内部です。
右奥は中庭に続きますので、北からの反射光が館内通路を柔らかく照らします。 
左側は各室へのドアーが並び、中央最奥に見える西側出入り口と東側は完璧なシンメトリーになっています。

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西側から廻り込んで見た中庭(裏側)です。
大講堂と同じく、玄関側よりもりっぱに見えます・・・(^_^;)です。

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再び戻って、大講堂側から見た満開の桜と赤レンガ(生徒館)表側です。

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生徒館前に整列する、幹部候補生です。
その周りを取り巻くのは鬼教官、候補生の一挙手一投足、帽子の曲がりや、制服の筋目、靴先の僅かな砂塵さえ見逃すことはありません。

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赤レンガの前に並ぶ松の樹は、皆、真っ直ぐ天に伸びます。
毎朝毎晩、数分おきに聞こえる「きおつけぇ~~~」の怒鳴り声に震え上がっているのだとか。 

もっとも近年になって、女性自衛官(ウエーブ)を多く見るようになり、中に腰つきの柔い松も現れ始めました・・・(*^。^*)です。  

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左右対象な生徒館正面入り口です。
使用された赤レンガは、イギリスより一個ずつ紙に包まれて運ばれたとか、あるいは東広島市安芸津で焼かれたものだとか、諸説あります。

分析器にかければ瞬時に判明するでしょうが、明治期にはイギリスより多数の軍艦を購入していますので、回航時のバラストとしてレンガを積み込み、持ち帰った可能性は十分あると感じます。

また、これをきっかけに江田島市内でも各所でレンガが焼かれるようになったとか・・・(*^。^*)です。
 

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入口の表札は「海上自衛隊 幹部候補生学校」と、墨書されています。

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青空に錨のマークが、キンピカと光ります・・・(*^。^*)です。
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