国有無番地(旧海軍兵学校) 気になる建造物 2/3

旧海軍兵学校グーグル地図・砲術講堂   
この付近も見学コースには入っていますが、学生の訓練や、天候その他の都合でパスされる場合もあります。

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表桟橋から見た、短艇と、短艇収容装置(ダビット)です。
海面に突き出したアームの先端に滑車が付いていて、ロープに結ばれた短艇を人力で揚げ降ろしします。

ちなみに、近年の短艇(カッター)はFRPで作られていて、基準排水量が1.5t、全長9m、幅2.5m、深さ0.8m、喫水が0.4mです。
通常のクルーは漕手が左右で12名、船尾で舵を握る艇長と、全体をみる艇指揮の14名です。

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まもなく幹部候補生学校に入校を控えた学生が、構内見学をかねて訓練内容の事前説明を受けている様子?です。
 
1週間後には、あの笑顔を交えた教官の説明に、「なるほどぉ~、苦い薬を糖衣に包んだ、うまい説明だったなぁ~~~」と、深ぁ~く感嘆し、心に涙 ・・・(~_~;)です。

地獄のとう漕訓練が終わり、短艇の揚収作業がすべて終了し、今日は外出日だったなぁ~~なんて思った途端・・・

隣の短艇は3cmも低いじゃないか。もう一度海面まで降ろせぇ~~。

なんだぁ~、後ろが下がってるぞぉ~。君たちにの水平感覚はなんだぁ~。もう一度沖まで出て、水平線がどんなものか確認してこぉ~~~い。短艇降ろし方よぉ~~~い。

余ったロープのエンドが前後で違うじゃないか?。もともと同じ長さに切ってあるのに、違うはずはなぁ~い。すべて伸ばして長さを確認しろぉ~~~。

手に出来たマメの痛さや、お尻のアザよりも、心の方がもっと・・・(^_^;)です。
 
おや?、短艇の向きが出船に?

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砲術講堂です。
昭和10年に西生徒館(現1術校学生館)が計画された再、砲術講堂もこちらに移転しました。
急作りだったせいか老巧化が激しく、立ち入り禁止の張り紙が見えます。

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右が砲術講堂で、画像左の鉄柱は昭和3年(1928年)に除籍となった、巡洋艦「明石」のマストです。
グランドを挟んで対面する2本のマストと共に、学生の旗りゅう信号の送受信や発光モールス信号送受信の訓練に使用されています。

ちなみに。巡洋艦明石(2,755t)は1899330日、横須賀で竣工し、三等巡洋艦として日露戦争に従事、第一次世界大戦では遠く地中海での作戦に旗艦として参加しました。
1928年4月1日除籍となり、その後193083日、伊豆大島東南方で、急降下爆撃の実艦標的とされ海没しました。


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手前に見える対潜ロケット砲ボォフォース、その先、3階建ての建物が、元少年術科学校の生徒館です。

少年術科学校は1970年(昭和45年)開校、海上自衛隊生徒の教育機関でしたが、1982年(昭和57年)9月をもって縮小、第1術科学校生徒部に属しました。
その後、海上自衛隊生徒制度の廃止に伴い、2011328日をもって廃止、廃校とされました。

 
本来ならば、海軍兵学校、七つボタンを引き継ぐべく?、中卒者を採用、教育期間を4年として創設されたのですが、時代背景と、戦後の6・3・3制度がネックに?・・・(^_^;)です。

蛇足になりますが、幹部候補生学校や、第1術科学校の入校者は学生で、兵学校や少年術科学校では生徒と呼びます。
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