国有無番地(旧海軍兵学校) 記念碑、野外展示物 2/4 

旧海軍兵学校グーグル地図・屋外展示物、記念碑 
表桟橋付近の展示物で真っ先に目につくのは巨大な二連装の大砲です。

2013-03-31 002 213 
この巨大砲塔は、戦艦「陸奥」の4番砲塔、45口径41cm連装砲です。

「陸奥」は長門型戦艦の2番艦として、横須賀海軍工廠で建造、1921年(大正10年)11月22日、就役しました。

あろうことか、大戦中の1943年(昭和18年)6月8日、原因不明の大爆発事故を起こし柱島沖で沈没。

戦後になって浮揚作業が行われ、艦体の一部や菊の御紋章が教育参考館に、主砲砲身やプロペラなどが、呉海事博物館に展示されています。

 

この4番砲塔は1935年(昭和10年)の大改装で取り変えられたもので、教材として海軍兵学校に持ち込まれました。


CIMG3872.jpg 
陸奥とは姉妹艦、戦艦「長門」の九一式徹甲弾、砲弾重量は1020kgです。

この41cm砲の最大射程が38430mくらいになりますので、この位置から発射しますと山口県岩国の町とかは余裕で飛び越すことができます・・・(^_^;)です。


CIMG3871.jpg 
駆逐艦「梨」に搭載された主砲で、対空火器としても使える「40口径八九式12.7cm高角砲」で、最大射程は14622mです。

 

駆逐艦「梨」は戦時急造艦として、川崎重工業神戸造船所で1945年3月15日竣工しましたが、同年7月28日、山口県柳井沖で米艦載機グラマンF6Fのロケット攻撃により沈没しました。

 

1954年9月21日に「梨」をスクラップを目的に引き上げたところ状態が良好であったため、改装を施し警備艦「わかば」と改名し、海上自衛隊に編入、1958年に兵装を装備した上で護衛艦として就役しました。

のち、実験艦としての任務をおびましたが、1971年3月31日に除籍、江田島の古沢鋼材に払い下げられ解体処分されました。


CIMG3844 (800x600) 
日本海軍が高角砲として設計した初めての砲ですが、発射速度の毎分14発を維持するのは人力頼みです。

砲弾と弾薬包(薬きょう)、合わせて34.32kgを毎分14回、両腕で抱え上げ砲身に装填します・・・(_;)です。


CIMG3848.jpg 
同じく、駆逐艦「梨」の甲板に装備されていた、九二式61cm4連装魚雷発射管です。

CIMG3870.jpg 
発射管の魚雷装填口(裏蓋?)です。

魚雷を装填し、裏蓋を閉じて高圧空気を吹き込み、吹矢の要領で発射します。
打ち(吹き)出され海面に落下した魚雷は、あらかじめ調定された深度と方向を保って自力で進みます。


CIMG3869.jpg 
水上艦艇用九三式酸素魚雷(直径61センチ)です。

酸素魚雷は日本海軍が世界に先駆けて開発に成功した、秘密兵器?でした。
航続距離、速力、破壊力、隠密性など、ずば抜けた利点もあったのですが、なにごともパンフレット通りには・・・(^_^;)でした。

CIMG3859.jpg 
護衛艦「わかば」???あるいは、戦後米国から貸与された「くす」型護衛艦(PF)に搭載されていた米海軍の艦砲、「Mk.22」3インチ単装緩射砲です。

ちなみに、これと同じ3インチ砲3門が、三浦半島「観音崎警備所」に設置されていて、現在も礼砲として運用されています。
 

CIMG3867.jpg 
同じく「わかば」???、あるいは「くす」型護衛艦に搭載されていた米海軍40mm連装機関砲(ボフォース社の Mk1)です。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
検索フォーム
カテゴリ
リンク
最新記事
月別アーカイブ
プロフィール

わきです

Author:わきです
FC2ブログへようこそ!