国有無番地(旧海軍兵学校) 記念碑、野外展示物 3/4

旧海軍兵学校グーグル地図・屋外展示物、記念碑 
この付近の見学は、天候や学生の屋外訓練の状況によって許可されない場合もあります。

2013-03-31 002 220 
説明板には 「明石マスト」 巡洋艦明石(3,000TON)は、明治32年に国産鋼鉄巡洋艦「すま」型の2番艦として就役、日露戦争参戦後、大正時代には地中海方面で駆逐艦の旗艦として活躍し昭和3年廃艦となった。 と、あり、第1術科学校学生館の正面にグラウンドを挟んで対峙します。

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「気になる建造物 2/3」でも説明しましたが、この明石マストが当地に移管された目的は、生徒(学生)の旗りゅう信号送受信訓練のためです。

マストの右下に見える2つの鋼鉄箱の中には、国際旗りゅう信号に使用する信号旗が格納されています。

このカラフルな旗は、旗りゅう信号として以外にも満艦飾などにも使用されます。


ちなみに、海上自衛隊の満艦飾は、停泊中の艦艇(船)において、建国記念の日、天皇誕生日、憲法記念日、海の日、文化の日、自衛隊記念日、および観艦式実施日の朝8時から日没まで行われます。


旗は艦尾の自衛艦旗とは別に、マスト最上部にも自衛艦旗を掲揚し、船首から船尾まで信号旗を連揚します。

また、この信号旗の並びは適当に・・・ではなく、「海上自衛隊旗章細則 第17条」に従い掲揚旗の順序は厳密に規定されています。

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「わかば」搭載???の爆雷(Mk6)と爆雷投射機、後ろに爆雷格納ラックです。

爆雷は潜水艦の攻撃に使用するもので、先の大戦では重要兵器とされ、多用されました。

右斜め上に伸びる円筒が爆雷を発射する装置で、その先のハンドルのような輪っかが付いた球体が爆雷本体です。
円筒の投射機から、火薬の圧力でぶっ飛ばされた爆雷は海中に沈み、あらかじめ調定された深度で水中爆発します。

付近に潜水艦がいれば強力な水中爆圧により船体に大きなダメージを受けます。

また、潜水艦が真近の海中にいる場合は、ラックから手動で転がり落としたりもしますが、爆発調定を誤ると、自艦のスクリューや舵を損傷します。

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人力で転がして運びやすくするため、前後に丸いガード(輪っか)が付いた爆雷です。
米海軍が開発し戦後海上自衛隊でも多く使用されました。

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イギリス海軍で開発された対潜用小型爆雷投射機「ヘッジホッグ」です。
先の大戦では米海軍艦艇にも採用され、日本海軍潜水艦の多くが被害を受けました。

戦後、対潜ロケット砲や対潜誘導魚雷が開発されるまでの間、海上自衛隊の艦艇でも長く使用されていました。

ハリネズミのような投射機に、重量26kgの小型爆雷をセットし、同時に射出した24個の爆雷が投網を投げるように広がって、海中の潜水艦を広範囲に補足します。
 

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スウェーデンのボフォース社が開発した375mm 4連装対潜ロケットランチャーです。
対潜ロケット爆雷(ボフォース弾)を発射し、遠隔からの潜水艦攻撃が可能です。

無誘導ですが構造が簡易で破壊力もあり、多くの海自艦艇に搭載されています。(いました?)
 

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護衛艦「いそなみ」の主錨です。

説明板には、(昭和33年3月14日竣工 昭和62年7月1日除籍 新三菱神戸建造)
海上自衛隊創設期の国産護衛艦として建造した、DD型護衛艦いそなみ(基準排水量1,700トン)に装備していた主錨(1,8トン)であり、教育資料として昭和63年4月11日に現位置(旧海軍軍艦千代田艦橋跡)に設置した。 と、あります。

ちなみに、主錨と呼ぶのは、他にも錨があるわけで、非常用?あるいは後部投錨用?として、後部甲板あるいはその付近に予備の錨があります。

また、軍艦千代田の艦橋は海軍兵学校の号令台としてこの位置で使われていましたたが、敗戦後に撤去されました。
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