宮ノ原 石風呂川・渡川・一ツ川

グーグル地図(北部江田島町)川名 
宮ノ原地区には、古鷹山系の南面を削る、石風呂川と渡川、その間に一ツ川があります。

2012-12-11 002 045 
石風呂川の支流イブネ川には、かって大原水源地がありました。
小さな沈殿槽が2つだけで、お天気が十日も続けば、取水口は干上がり、流の止まった沈澱池には藻が生える状況でしたが、水質としてはそのままでも飲めそうな古鷹の源水でした。

2012-12-11 002 046 
取水口はイブネ川の上流にあり、山水が10m位の落差で落ち込んだ滝壺でした。
島では珍しい光景でしたが、途中の道が荒れ果て今は近づくことができません。

03020007.jpg 
追加画像です。
2005年3月2日に写した、「イブネの滝」画像が見つかりました。

滝の落差は約10m、滝壺の直径は2mくらいで深さは約1m、水道用原水の取り出しパイプ(直径約10cm)が直接滝壺の縁にセメントで固定してあったと記憶します。

滝壺の中ではメダカが数十匹泳いでいました・・・(*^。^*)です。

2012-11-19 002 038 
数十本の塩ビ管が這う渡川です。
古人が苦労を重ね、きれいに組んだ石垣の魅力が台無し・・・(^_^;)です。

私見ですが、日本農業の衰退原因の一つに、この塩ビ管の発明(利用)があるかと思います。

それまで、山の奥から田畑に水路を引くのは、一人や二人で出来ることではありませんでした。何十人もの共同作業で水路を開き、定期的に集まってはその維持管理を話し合い、大雨の翌日には総出で補修に励むなど、零細な農家が集まり協力し合い、一つの会社組織のように地域全体としてまとまり、大きく収益をだすこができていました。
 
それがある日突然、塩ビ管を使うことで、集団を離れ自分勝手な都合が優先することになり、水路や川がどんなに荒れようが、見て見ぬふり、自分専用の塩ビ管だけを見て他を顧みない・・・
 
ま、そこまでひどくは無いにしても、共同、協力、協働が希薄になったことは確かだと思います・・・m(__)mです。

2012-11-19 002 041 
分厚いコンクリートで固めた橋の脇に、「おおくぼはし」と刻まれた花崗岩の石柱が倒されています。
石組の風流な橋が架かっていたのは、いつ頃まででしょう。

2012-10-01 002 014 
かって大原と呼ばれた地に「昭和二十年 水害 慰霊碑」と刻まれた黒御影の石碑が建ちます。

昭和20年の水害とは9月17日の14時ごろ、鹿児島県枕崎市付近に上陸して日本を縦断した枕崎台風で、全国で約4000名、広島県内での死者、行方不明は2000名を超えたといわれます。

江田島町では、切串長谷川の氾濫で死者145名、秋月5名、秋月弾薬庫陥没、宮ノ原24名、石風呂(現宮ノ原)12名、大原(現宮ノ原)18名、大須48名と記録されています。


2012-12-11 002 034 
石風呂川支流のため池です。
段々畑で作物を栽培するのに、水はもっとも貴重なものであり、必要不可欠です。

端正こめて十年間育て、やっと実を付け始めたミカンの樹も、十日間の日照りで黄色く立ち枯れ、今までの苦労がすべて無になってしまいます。
 

2012-10-01 002 010 
島のお百姓さんが必ず持っている三種の神器は、軽トラックと、貯水タンクとディーゼルポンプです。
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