津久茂 荒神社・胡子神社

1)江田島町北部・津久茂荒神社 
津久茂山(お鉢山)とその山裾に広がる津久茂の地は、大正14年2月1日までは佐伯郡に属していて、完全な陸続きであるにもかかわらず、安芸郡に属する江田島村とは違う行政区にありました。

ちなみに、津久茂の地名由来について、湿地に自生する、カヤツリグサ科「フトイ」の古語である、江浦草(つくも)からであると江田島町史にあります。

さらに、津久茂の開祖とされる、石垣(石内迫)勘左衛門は1325年(正中2年)2月、伊豆の国から渡来し、津久茂山の7合目あたりに居を構え、のちの、明徳の頃で(1390~1393年)、戸数7軒と云われます。
 

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桜花の元、津久茂荒神社拝殿が建ちます。

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津久茂荒神社の由来については不明ですが、6月の荒神祭にあずきご飯をお供えし、おさがりを参詣者で奪い合うならわしがあると云います。

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拝殿の背後、白い花崗岩台座の上に本殿が鎮座します。

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本殿扉の前には、特大のオノミチキサンゴが供えられ、お守り役の白猫が不審者を威圧します。

ちなみにオノミチキサンゴは、江田島近辺でもまれに見られ、海水がきれいで潮通しの良い、やや深い場所に生息します。
そのため普通には見ることが出来ませんが、底曳きの網などに絡まって上がることがあり、珍しさもあって、神社やお寺に寄進されたりします。

干潮時、ときどき目にする、キクメイシモドキもりっぱな造礁サンゴです。
海水の停滞する湾内や、どろや砂の舞う海岸でも生育できるため、江田島湾内や広島湾近郊でも見つけることのできるサンゴです。
 

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拝殿に掲げられた、1枚の合成写真。
特殊潜航艇5隻に分乗し、真珠湾攻撃の先陣を飾った九軍神の遺影です。

この時、奇跡的に助かり、捕虜となった酒巻和男少尉は、復員後トヨタ自動車に入社、トヨタ・ド・ブラジルの社長や現地日系商工会理事となって、ご活躍されました。

ちなみに、額下には「昭和37年11月18日 奉納 浜野峯次郎」とあります。
 

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津久毛港の防波堤にほど近い場所に、胡子神社があります。

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この胡子神社の由来は不明ですが、豊漁を祈願した津久茂漁師さんの気概と結束力を現わしたものであろうと・・・m(__)mです。

津久茂古地図 
江田島町史掲載の津久茂古地図の一部をコピペしたもの・・・m(__)mです。
津久茂地区には、古地名が沢山残っていて、うらやましい限りです。

シオヤとありますので、海岸で塩を煮詰めていたんでしょう。
小島はもっと古い地図では離れていましたので、干拓で陸続きに・・・
アジュウタって???
  
 
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対岸の、鷲部地区から見た、津久茂山とその山裾に並ぶ津久茂地区の家々です。
お鉢山とも呼ばれ、ほぼ円錐の津久茂山ですが、家々があるのはこの南東面のみ???です。
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