津久茂 井戸

1)江田島町北部・井戸 
津久茂地区で、水源となる山は、ほぼ円錐形をした津久茂山(263.0m)ただ一山のみです。
しかも、山裾は急傾斜を保ったまま、海へ落ち込んでいますので、途中で水を溜めておくことはまず不可能な地形です。   


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津久茂地区の集落を海上から見ると、家々が積み重なって山に登る様子が秋月地区と酷似します。
秋月地区も背後の山々は低く、雨水が小川となる前に海水とまじり合います。 
平地の水は、すでに先住者が占有していますので、新参者はあらたな水を求めて山を登る???。

もちろん、今は全戸に水道が入っていますし、江田島町内でもっとも早くに下水道が完備されたのは、この津久茂地区です。
ちなみに平成25年9月1日現在での津久茂地区の世帯数は271、男女合計で618名です。


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津久茂地区の海岸部から、品覚寺などのある山間部へと登るメイン道路です。
とはいっても、軽トラがギリギリ対向できるくらいの狭い道、しかも道路の半分は小川の上をコンクリ-トの板で覆い、暗渠となっています。

おそらく、この暗渠となった小川が津久茂地区最大の水量?を持つ小川です。
源流は品覚寺よりも少し上になりますので、標高差やく100m、総延長やく400m程度のおっそろしく短い小川・・・(^_^;)です。


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「津久茂の古いいど」は、旧江田島町教育委員会作成の学校教育資料より、コピペ・・・m(__)mです。

おそらく、津久茂小学校(2007年3月末廃校)生徒や父兄の方々の調査協力で作られたと思いますが、貧弱な小川からの給水を諦めた昔の人々は、井戸を頼りに生活圏を広げていったのだと想像します。

津久茂の人々にとって幸いしたのは、津久茂山の大部分が花崗岩ではなく、変成した堆積岩だったことです。

雨水を一気に流す花崗岩にくらべ、風化の進んだ変成堆積岩は保水力があり、雨水を少しづつ流します。
しかもその変成堆積岩の下には、地下水を遮断する花崗岩岩盤がありますので、井戸から地下水が湧出する好条件がいっそう高くなります。

とはいっても、津久茂山一山では、雨水を受けるための絶対量が不足ですが・・・
 

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もっとも標高の高い(やく100m)ところにある、「ふろのかわ井戸」です。
あまり手入れがされていないようですが、塩ビ管が何本も入っていますので、今も庭の散水や、野菜畑の灌水に使われているようです。

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もっとも下部に掘られた「村田の井戸」です。

井戸端会議ができるよう?まわりに石段が積まれ、雨よけに花崗岩の石柱で屋根が葺かれています。
井戸のまわりで大根や芋を洗い、脇に置かれたバケツの中には、西瓜が浮んでいたかも・・・(*^。^*)です。


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今は、井戸端に集まる人も無く、石柱で支えられた屋根も朽ち果て・・・

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名は不明ですが、古くからの共有井戸のようです。
近くのお婆さんが、時々お掃除に・・・


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石垣を組んだ段々畑の隅にも・・・

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農業用のため池です。
が、この池の周りは雑木が生茂り、畑も田んぼも人影も・・・


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水つながりで、・・・江田島町中央浄化センターです。

江田島町で下水道事業の基本計画が始まったのは、平成元年からで、平成4年に事業認可を取得、津久茂地区から事業を開始することとなりました。

同年、津久茂1丁目に中央浄化センターの建設が始まり、平成9年6月2日、津久茂、宮ノ原地区から供用が開始されました。

ちなみに、平成24年3月31で、江田島市の人口26.301人に対する下水道供用者は13.993人で、普及率は53,2パーセントです。

さらに、広島県全体では69,9パーセント、全国では75,8パーセントです。

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