津久茂 津久茂港

1)江田島町北部・津久茂港 
津久茂港は津久茂山の南面に、花崗岩の石を組んだ防波堤で囲われた、小さな港です。

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津久茂山中腹の、環状農道から見下ろした津久茂港です。
近年になって、石垣の外側をコンクリートで補強されてはいますが、宮ノ原地区の漁港に比べれば、とても粗末な作りです。


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港の立地場所として最適とは言えませんが、北風は津久茂山がしっかりと遮断してくれます。 

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船が舫ってある位置までは、狭い堤防兼歩道を歩いていきます。

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専業の漁師さんはいないようで、舫ってある船は大方がレジャー船のようです。

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津久茂港の東側に作られた野菜集出荷場です。
この地区で作られた野菜などは、ここからトラックに積まれ、主に広島市場に運ばれますが、つい先年までは、番船と呼ばれる小船で広島へと運んでいました。

江田島の各地区には、それぞれ専用の番船があって、その地区で収穫された野菜や果物を市場へと運び、帰りには地区の商店から頼まれた品々を山と積んで往復しました。
早朝一番、それぞれの港から出る番船が、トラックに変わったのは、そう遠い話ではありません。


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津久茂港が近代化整備をされない訳は・・・
この港が漁港ではなく、農港であったからです。

津久茂地区が、大正のころまで佐伯郡に組み入れられていた経緯と、関係があるのかは不明ですが・・・
津久茂山とその山裾だけの僅かな耕地では、生活できる訳もなく、新たな耕作地を対岸の佐伯郡高田に求め、船で津久茂の瀬戸を渡って、耕作地を広げていました。

往きは肥料を積み込み、帰りは収穫物を積んで、対岸の高田とを行き来する船を農船と呼びます。
津久茂港は、農船専用の船溜まりだったのです。 

画像は津久茂の山を右に、瀬戸を渡る農船が描かれた襖画です。
櫓と、一枚帆を巧みに操って瀬戸を行き来する農船は、昭和の30年頃までは普通に見ることができました。

帆走 
今時、帆と櫓(オール)使って昔さながらの航走をみせるのは、なんと海上自衛隊幹部候補生学校の学生たち・・・(実は、風が急に逆風に変わったので、帆をマストに巻いて、オールでもって全力で漕いでいます。)・・・(*^。^*)です。 

ちなみに、前を進む短艇のマストに掲げられた旗は数字の5を、後ろは数字の6・・・(^_^;)です。


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津久茂港の前に広がる江田島湾は、カキの養殖に最適で多くのカキ筏が係留され、作業船が忙しく走り回ります。

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津久茂瀬戸は自衛艦の出入りも多く、海峡の幅が狭くて背景も良いため、艦船ウオッチには最適な場所です。
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