幸ノ浦 幸之浦荒神社

1)江田島町北部・幸ノ浦神社 
1710年(宝永7年)幸ノ浦地区の戸数わずかに1戸、人口が4名、石高は無しです。
ところが、わずか50年後の1760年(宝暦10年)には2町7反の土地と11石7斗の石高を記録しています。

ちなみに、幸ノ浦の開祖とされる、田頭家は広島からの入植だと云われ幸之浦荒神社の元は田頭家の氏神でもあったようです。

その、田頭家について・・・


1701年(元禄14年)宮島管絃祭において、御座船還御のおり洋上において突然の暴風雨に襲われました。

御座船は江波、阿賀の救援船で転覆を免れましたが、陸上の灯火がすべて消えてしまったために、方角を見失い海上を漂うのみでした。

 

それを察知した、江田島幸ノ浦の田頭新蔵が臨機応変、宮島大鳥居を示すかがり火を焚き、それを目当てに怒涛をのり切りって無事に還行が叶いました。

 

その事により毎年、幸ノ浦の田頭家から宮島へかがり灯火の献灯がなされるようになりましたが、のちかがり灯火に替え、直径2メートル、3本のローソクが立てられる大提灯が掲げられることとなりました。

 

この大提灯は普段、この幸ノ浦神社で保管され、今も田頭家により献灯が行なわれています。

推測ですが、この功績により宮島からの保護と支援(お墨付き?)を頂き、幸ノ浦の開発が一気に進んだのでは・・・(*^。^*)です。

注: 1町とは約1ヘクタール、一石とは100升、お米1升は約1.5キログラムですので、1石は約150キログラムとなります。

 

1石は当時の成人1人が1年間に消費する、お米の量にほぼ等しいと見なされ、1/10町である1反で1石、1町で10石の収穫が標準でした。

 

2町7反で11石7斗の石高ですので、当時の幸ノ浦地区では標準的な田んぼに比べ半分以下の収量です。 

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宮島に献灯する、かがり灯火のようなヒガンバナが・・・
ちなみに、現在の社殿は明治10年9月の再建になります。 

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荒神社の建つ境内は古鷹山系の北斜面を転がり落ちたと思われる苔むした大石に囲まれた小丘で、神社建立には最適の地です。

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神社境内に登る石段です。

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神社正面から・・・。
 
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正面に、明治拾年九月御改築、幸之浦荒神社、と墨書した松板が掲げられ、拝殿天井には大きな木箱がつるされていて、中に宮島管絃祭(旧暦6月17日)に用いられる田頭家の大提灯が格納されています。
また、拝殿側面に荒神社の御由来書があり、それによりますと御祀神は素戔男尊(スサノオノミコト)であり、さらに田頭家とのご縁などが記されているようですが・・・
私には読めません・・・(^_^;)でした。

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拝殿内に掲げられた、天橋立画です。
奉寄進
大正拾壱年 丸子保吉  
九月吉日 小中??

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昭和御大典記念
明治三十七年八月二十九日ヨリ九月四日マデニ亘ル遼陽戰闘中
露國軍ヨリ我ガ第五師團ニ發射セラレシ野砲彈
山口小三郎


2012-10-01 002 127 
ちっちゃいけど品のある拝殿と、それを引き立てる巨大な転石・・・

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境内も拝殿も奇麗に整理されていて気持ちの良い空間が作り出されています。

2012-10-01 002 128 
いやいやぁ~ ・・・(*^。^*)すてきです。
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