飛渡瀬 竈神社 1/2

4)能美町・沖美町南部 竈神社・極楽寺・稲荷社 
飛渡瀬の地名は、かっての安芸郡江田島町と、佐伯郡大柿町とを分かって南北に通船が可能な水路があり、その水路は人が飛び越せる程度の瀬であったことから・・・だと、云われます。
(江戸時代前期の頃?)

2004年11月、安芸郡江田島町と佐伯郡大柿町、能美町、沖美町の4町合併により江田島市となりましたが、明治期に海軍兵学校が江田島(村)へ移転するまでは、面積でも人口や経済力でも勝っていた能美島(東西能美島)が優勢であり、ここ飛渡瀬の地で能美島に接するする枝のような島である江田島の名を冠とすることを嫌ってのすったもんだもありました。

ちなみに合併当時は3万を超していた人口も2014年2月26日現在、江田島町9,395名、大柿町7,595名、能美町5,577名、沖美町3,417名、総計で25,984名と大激減しました。

2012-05-23 002 014 
飛渡瀬地区の緑に囲まれた小さな丘の上、明治のころ氏神社としての竈神社(かまど神社)が建立されました。


  竈神社由緒
 


     祭 事 記


祭 神

     奥津日子命 奥津比売命 金山彦命

 相殿  市杵島比売命 狭依比売命 素戔嗚命
 大山祇命

祭 礼  春 祭 四月

     秋 祭 十月

     例大祭 九月(四年に一度)

 

       由 来 記 

当杜の起源は詳らかではないが、荒神を祀ることに始まったと言われる。
正徳五年(一七一五)には、この境内に荒
神社が存在したことが知られ、文政二年(一八一九)の記録によると、この杜は年々三、六、九月の三回、大原の神主小方氏を招き祭礼を行っている。明治に至り神祇改革に関する太政官布告があり、これに基づいて同五年(一八七二)四月八日、火の神、金山彦命を合祀して杜号を竈神社に改めたと伝えられている。

         

       沿    革

明治十九年(一八八六)海軍兵学校(現在江田島の第一術科学校)開設予定敷地内に在った鷹宮神杜の杜殿を申し受け、現在の拝殿、幣殿を建立したが、故あってこの頃から、当神社をこの地域の氏神社とした。

大正四年(一九一五)本殿の改修及び大鳥居、石燈籠等の寄進によって神域を整え、更に昭和十七年(一九四二)の神殿修復を経て、昭和六十三年(一九八八)に各社殿の銅板葺、神輿蔵の建替、参詣道の補繕等の大改修を行い、神威の高掲を図り、この神境に具現した。

2014-03-13 001 067 
大鳥居の脇、見上げる大きさの忠魂碑が建ちます。

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最上部には砲弾が乗せられ、裏に昭和7年9月 在郷軍人會の名が見えます。

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狛犬を配し、端正でバランスのとれた拝殿が建ちます。

2014-03-13 001 098  
手入れも行き届き、境内もきれいに掃き清められています。

2014-03-13 001 099 
お祭りの準備中?だったかも・・・(*^。^*)です。

2014-03-13 001 101 
本殿の千木も力強く・・・

ちなみに千木には男千木、女千木の別がありますが、この竈神社は男千木のようです。
祭神の奥津日子命(男)と奥津比売命(女)はともに大年神の御子神で食べ物を煮炊きするかまどの神様とされます。
のちに合祀された金山彦命(男?)はイザナミ神(女)の嘔吐物から化生した火の神で、鉱山や鍛冶場に祀られます。


2014-03-13 001 104 
本殿を乗せる石組台座です。

築石一式
大正四年九月吉日
寄附者
盛本梅太郎

すてきな石組・・・(*^。^*)です。

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