飛渡瀬 町景色 1/6

飛渡瀬村古地図BA 
大柿町史に転写された「芸藩通史(1825年)」飛渡瀬村絵図写をさらに模写したもの・・・m(__)mです。

読み取り不明な個所などは推定で書いていますので、原本に忠実な資料ではありませんが、江戸後期のころの佐伯郡飛渡瀬村の概略が把握できます。

絵図の下方、江田島に属する安芸郡飛渡瀬村(現江南)と、東(西)能美島に属する佐伯郡飛渡瀬村はこの地で接します。

飛渡瀬村古地図BE
上図の解像度を上げるため、妙覚寺の部分で左右二分割としました。

芸藩通史の絵図ではもっと右の方にまで山々が連なっていますが、地名の記載がありませんので現在の深江造船所あたりから先は平地がなく未開発だったようです。

飛渡瀬村古地図BD 
江田島湾の最奥、内海が妙覚寺の境内近くまで入り込んでいます。

また、安芸郡江田島との境界付近の砂浜?が「両群寄合間」と記載されていますので、大潮の時期には両群の老人や子供らのアサリ獲りで賑わったのではないかと・・・(*^。^*)です。

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上図の「大柿町合併経過図」は大柿町史(平成6年11月3日)のコピペ・・・m(__)mです。

佐伯郡飛渡瀬は、昭和29年11月3日まで、村として独立していましたが、小古江、大君、柿浦、大原に深江を加え佐伯郡大柿町として町制が施行されました。
さらに2004年(平成16年)11月1日、同佐伯郡能美町、同沖美町に、安芸郡江田島町を加えた4町合併により、江田島市制が施行されて現在に至ります。

飛渡瀬航空写真(19480107) 
上の航空写真は国土地理院アーカイブ(1948/01/07米軍撮影)のコピペ・・・m(__)mです。

今江田島町でもっとも交通量の多い、県道36・44号線もなく、内海港も奥深くまで入り込んでいます。
また、山々のほとんどが稜線近くまで耕されており、その地肌が白く輝いて見えます。

2014-02-23 002 001 
能美町中村からか大柿町柿浦へと続くかってのメイン道路と、脇を並走して流れる梅迫川、そのほとりに大きな石碑が建ちます。

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大判の石碑には「銘功碑」と記され、乳牛の導入や飼育、共同搾乳施設の設置に尽力のあった島本清松氏の功績を称えます。

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梅迫川をはさみ「銘功碑」の東側に大きく広がっていた干拓地新開、今はアスファルトに覆われ、大型ショッピングセンター「you me town」なって、島本清松氏が奨励した乳製品が山と積まれて販売されています。
ちなみに、「ゆめタウン江田島」は株式会社イズミの運営するショッピングセンターで、1992428日に「ゆめタウン江能」としてオープン、その後の200611月、店名を「ゆめタウン江田島」と改称しました。

2014-04-09 002 067
ご先祖様が長い年月を要して作り出した、江田島市最大の干拓地は、いま島内一番の発展期にあり、槌音も軽く次々最新の家々が作り出されています。
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