柿浦 旧柿浦街道 1/3

柿浦旧街道 
現在の県道44号線は江田島町中央から大柿町大君を結び、遠回りをする国道487号線のバイパス道路となっています。

旧柿浦街道はそれと並行しますが、軽自動車がやっと対向できるだけの狭い道幅でしたので、昭和40年代に今の県道44号線が幹線道として整備され、1973年(昭和48年)の早瀬大橋の開通に相まって、以後市内最大の交通量をさばいています。

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県道44号線との北側分岐点付近にある製材所の材木加工工場です。

農地の少ない柿浦地区では、他地区にくらべ漁業や海運業、建設業が盛んです。
そのため、海上輸送された木材の貯蔵や加工を行う製材業も盛んに行われていましたが、物流がトラックによる陸上輸送に変わり、地の利を得ていた製材業もかってのようには・・・です。

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街の小さな鉄工工場です。

早朝から周りがうす暗くなるまで、カンカン、ガリガリ、トッテンカン、溶接火花もバリバリと飛び跳ねて、好景気に沸いた時代もありましたが・・・

もともとは、村の鍛冶屋さんだったのかも??? ・・・(*^_^*)です。

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鉄工工場の横は直、自宅玄関になります。

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手をかけて造られた、センスの良い蔵が残っています。

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日焼けて白くなったカーテンの向こうにはどんな商品が並んでいたのでしょう。

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右の路地に入れば金比羅神社へ続く急な石段、その下で酒屋さん?とか経営してたんでしょうか。

ちなみに、看板の清酒「大内山」は呉市中央の大内山酒造(株)で作られていて、最近まで酒蔵とレンガ積み?の四角い煙突がのこっていたのですが、今は???・・・です。

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元は、文具店でした。

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入口のもっとも目立つ場所に、「プラチナ オネスト66」の看板です。

ちなみに、オネスト66とは1957年(昭和32年)にプラチナ萬年筆が発売したカートリッジインキ方式を採用した「プラチナ オネスト60」の改良型で、「プラチナ オネスト66」として1960年(昭和35年)に販売が開始された、インクビンが不要の萬年筆です。

しかし、人気はいまいちで、翌年には後継となる18金ペンの「プラチナ18」が販売されました。

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文具店は少年を守ります。

江田島警察署・少年補導協助員会・江能四町教育委員会、と ・・・(*^。^*)です。

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すべての四輪車がこの大きさなら、狭い道路も4車線に・・・(*^_^*)です。
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