大原 新宮八幡宮 1/6

5)大柿町南部 新宮八幡 
この大原地区は奥深い湾と豊かな河川、肥沃な平地とそれを囲む急峻な山々に守られ、もっとも古くから人々が定着した地域だと云われます。

2014-09-14 024 
たまたま訪れたこの日、近く催される秋の例大祭にそなえ氏子総出の準備がなされていました。

2014-09-14 028 
何本もの幟が立ちあげられ、神楽舞台や、祭式道具の準備におおわらわ・・・
鳥居の下で一礼し、慌てて退散しました。

2014-11-24 025 
後日、あらためまして参拝に伺いました。

前回とは、うって変わって人っ子一人いませんでしたが、境内の落ち葉は隅に寄せられています。
毎朝、早くにお掃除される方がおいでのご様子・・・m(__)mです。

2014-11-24 028 
境内に設置された銅版に「新宮八幡宮と由来について」と、刻まれ・・・

広島県佐伯郡大柿町大原「八幡さん」

 その昔、大柿町柿浦の南端にある、鳶ヶ子島(鴟小島)の北の海上に毎夜、赤々と輝く光が現れた。

 左衛門正助友という人が、正体を確かめたところ、日輪のように輝く玉・玉堂の小祠だった。

 持ち帰ると海の光は消え、ある夜、助友の夢か幻に神体が現れ、『我は国家を守る宇佐の八幡麿なり、大原の里・亀甲山に宮居を造営し長くこの地に産神と崇むべし』と、告げた。

 

 「新宮八幡宮」は、承平元年(九三一年・平安時代)八月十六日の創建。 社伝のように宇佐八幡宮とのつながりが深く、祭神も同じ、
一、仲哀天皇 二、神功皇后 三、応神天皇である。

 

神社の正称も「新宮八幡宮」で、八幡神社ではなく、鳥居や拝殿の額も『八幡宮』である。

東能美島の氏神として敬われてきた、その歴史は千年を超える古社である。

 

参道入口の八幡川に掛かる石橋は、その記念で千年橋という。

 

社殿は、元禄十一年(一六九八年・江戸時代)に、拝殿は、享保九年(一七二四年・江戸時代)の再建で、現在の社殿・拝殿は、明治三年(一八七〇年)に、神殿は、明治五年(一八七二年)の再建である。

下段の鳥居は、寛保三年(一七四三年)建立とあるほか、豊臣秀吉の朝鮮出兵の時には従軍命令に反したとして、二町数反の神地没収の記録もあり、由緒ある神社の一端を、うかがわせる。

 

神官 四十代  小方光麿 江田島市大柿町大原

   四十一代 小方一麿 江田島市大柿町大原


奉納  三奈戸 定一   江田島市大柿町大原

    畠   正弘   江田島市大柿町大君

       

       平成十六年十二月吉日

と、あります。

(注) 大柿町史には、「八幡宮 大原村にあり、永正七年壬辰、初めて社を建つ・・・」との記載もあります。ちなみに、永正七年は1510年で庚牛となります。
他所には承平二年(932)創建、の記載も・・・

2014-11-24 030 
銅像ですが、神馬(しんめ)も奉納されています。
近年盛んな絵馬の奉納も、元は神馬を神様の乗り物として納めていたことに由来し、平安のころより庶民の願いも叶えれるよう、求めやすい絵馬が代用とされ始めたとか・・・

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明治五年に再建の新宮八幡宮本殿です。

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銅板葺きの屋根に、千木、鰹木を乗せた本殿(神殿)です。
破風板の下を飾るのは蕪懸魚(かぶらげぎょ)と呼ばれる彫刻です。

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高床に乗る本殿の東側側面です。


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新宮八幡宮の乗るこの丘は亀甲山と呼ばれます。
古くは浅瀬に突き出した岬の一部だったり、あるいは小島だったりしたこともありそうな?、大原の平野を見下ろす絶景の場所を占有して建ちまます。
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