大原 宝持寺 1/2

5)大柿町南部 嶺雲山宝持寺 
新宮八幡社の大鳥居下を洗う八幡川を上流へ500mばかり遡った対岸に、曹洞宗嶺雲山「宝持寺」(ほうじじ)があります。

宝持寺・薬師堂(1980頃) 
空撮画像は国土地理院(1980年ごろ)よりコピペ・・・m(__)mです。

当時の宝持寺は現在地より北東に100mばかり行った山裾にありましたが、1999年6月29日の豪雨により裏山が100mの高さから大石をともなって一気に崩れ落ちました。

御本尊の「延命地蔵尊」、寺宝の「釈迦般若画像」は、危うくも本堂倒壊の直前に運び出されましたが、境内は一瞬で大転石に覆われ見る影もなかったと云います。

2014-09-14 041 
未曽有の大災害から十年をへて、新たな地に宝持寺の再建案が起こり、2012年5月13日、本堂と山門を完成、近隣住民三百名を集めて盛大な落慶式が執り行われました。

2013-03-15 002 056 
再建の手は緩やかですが、着実に一石づつ要所を定めて配します。

110624b 016 
画像は2011年6月で、落慶法要の一年前です。
この山門は他所から移築されたものですが、由来については失念しました・・・m(__)mです。

2014-09-14 035 
2014年9月、落慶法要から早一年半、手つかずだった境内もやっと整いました。

2014-09-14 038 
本堂は禅寺風の落ち着いた造りで、境内の奥には、借景を生かして禅庭園も構築されつつあります。
1999年の豪雨で土石流となって流れ落ちた転石も、十数年の歳月をえて苔生し、庭園内に枯山水の景色となって生かされます。

2013-03-15 002 053 

宝持寺について、大柿町史(能美島志1763年)によれば・・・

 

嶺雲山「宝持寺」は大原村にあり、曹洞宗であって「延命地蔵」を本尊とする。

旧は密教にして大同年中(806年~810年)のころ建つ。

中世兵乱により寺院頽廃するを山野井氏(当地豪族)、洞雲寺(廿日市)十五世 骨岫禅師を招きて再興、祖先の菩提所とされた。 と・・・

 

ちなみに、曹洞宗(そうとうしゅう)とは、禅宗の一派(曹洞宗・臨済宗・黄檗宗)で、今から八百年ほど前の鎌倉時代、道元禅師(どうげんぜんじ1200~1253)が正伝の仏法を中国から日本に伝え、瑩山禅師(けいざんぜんじ1268~1325)が全国に広めて曹洞宗の礎を築きました。

曹洞宗本山は二寺あって、福井県にある大本山永平寺(だいほんざん えいへいじ)と、横浜市にある大本山總持寺(だいほんざん そうじじ)です。

2013-03-15 002 055 
山門の前を滔々として八幡川が流れ下り、その清水を利用して耕作される田畑が山裾をめざし幾重にも広がります。

ただ、自然の恵みと自然の猛威は表裏一体、時に陀峯山山系の濁流を集め逆巻く大蛇となって流域に営む人々を襲います。

スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
検索フォーム
カテゴリ
リンク
最新記事
月別アーカイブ
プロフィール

わきです

Author:わきです
FC2ブログへようこそ!