大原 大日堂

5)大柿町南部・大日堂 
大日堂は宝持寺の門前を流れる八幡川に沿って、300mばかり下った畑の中に建ちます。


2014-11-24 097 
建立の由緒は不明ですが、能美島志(1763年)に「大原邑 桑田の上に大日堂あり」と記載されます。

ちなみに桑田とは、桑の栽培地のことです。
日本には弥生時代、すでに絹の製法が伝わってはいましたが、品質が悪いことなどから廃れ、西陣や博多などの高級絹織物は中国からの輸入生糸に頼っていました。
徳川八代将軍吉宗の生糸生産奨励により、江戸中期になってやっと中国産絹糸にも遜色のない品質を取り戻すことができ、全国にも生糸生産が広まりました。

2014-11-24 093 
現在のお堂が再建された時期は不明ですが、傷みがひどくこの先大型の台風にたえられるお姿ではありません。

2014-11-24 090
重い瓦屋根を支える柱に「大日堂」と墨書された木札が掛けられています。

また、お堂の側に立てられた説明板には・・・

大柿町重要文化財(平成4年1月17日指定)
大日堂の木造大日如来坐像  高さ 60cm 幅 42cm 材質 桧 
(1) 胎臓界(たいぞうかい)大日如来像
(2) 金剛界(こんごうかい)大日如来像
大日堂の創建年代は定かでないが概に宝暦13年(1763)に著した「能美島志」に「大原邑(村)桑田の上にあり」と記述されている。
堂内の仏像2体は彩色坐像であったらしく、現在は剥離しているが、光背には美しい彩色が残っている。
堂内に向かって右が胎蔵界大日如来で、左が金剛界大日如来である。
鎌倉時代後期の作と認められる。
大柿町教育委員会・・・と。

2014-11-24 094 
一礼し、格子戸越しに拝顔させていただきました。
向かって右が胎蔵界大日如来様、左が金剛界大日如来様・・・m(__)mです。

2014-11-24 096 
以下、ネットコピペ・・・m(__)mです。

大 日 如 来 と は ・ ・ ・
大日とは「大いなる日輪」という意味で太陽を遙かに上回る光ですべてを照し、太陽を司る毘盧舎那如来がさらに進化した仏様です。
密教では大日如来は宇宙の心理を現し、宇宙そのものを指します。
すべて命あるものは大日如来から生まれたとされ、釈迦如来も含めて他の仏は大日如来の化身と考えられています。大日如来には悟りを得る為に必要な智慧を象徴する金剛界大日如来と、無限の慈悲の広がりを象徴する胎蔵界大日如来という二つの異なる捉え方があります。
金剛とはダイヤモンドのことを指し、智慧がとても堅く絶対に傷がつくことがないことを意味します。
胎蔵とは母親の母胎のようにすべての森羅万象が大日如来の中に包み込まれている様を意味します。
この二つが揃って大日如来を本尊とする密教の世界観が達成されます。

2014-11-24 098 
お堂の周りに桑の木は無く、水を張った田んぼもありません。
甘柿と蜜柑の木が数本だけ…残ります。

スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
検索フォーム
カテゴリ
リンク
最新記事
月別アーカイブ
プロフィール

わきです

Author:わきです
FC2ブログへようこそ!