大原 大原港

5)大柿町南部 大原港 
天然の良港である大原港は、漁船の泊地として、また和船や木造漁船・農船の建造修理をする小規模な造船業で栄えていましたが、時代は木造船からFRP船へと変わり、家内工業的な当地の造船所ではFRPでの新造船造りは難しく、長年培った木造船造りの伝統技術を後世へと引繋ぐことができなくなりました。

また、今まで海上輸送にのみ頼っていた木材や鋼材、生活物資の移入、当地で生産された農産物や海産物、加工品の移出もすべてがトラックによる陸上輸送一本となり、海運物流拠点としての大原港の役目はすでに過去のものとなってしまいました。

2015-02-23 104 
丘の上から見た、大原湾の最奥部です。

かって大原湾の最奥には木材を組んだ筏が海面を覆いつくし、焼玉エンジンをフルスロットルとしたはしけが力強く筏を引く姿がありました。
また、陸上の製材所では一日中糸鋸の歯が回転し、辺りにはラワン材や松材を引いた木くずの匂いが四六時中漂っていました。

2014-09-17 079 
水畑地区の屋根越しに見る大原湾、対岸は矢比津地区です。
両地区とも全面は大原湾、背後は急峻な崖で、そのわずかな隙間に多くの家々が密集します。

2014-09-17 059 
近年になり、港湾整備が進みましたが・・・

2014-09-25 200 
小型底曳き網漁船の「海光丸」です。

底曳き網漁にも各種の漁法がありますが、このタイプの漁船はマンガンと呼ばれる爪歯の着いた鉄枠に網を付けて海底を引き回し、どろ砂に潜っているカレイやエビ、ナマコをすくい取ります。

底質の違いや対象魚種、漁区や漁協ごとの取り決めで、マンガンに爪歯のないものもありますし鉄枠の構造や網の取り付け法にも千差万別、操業期間や操業時間などにも取り決めがあります。

2014-09-25 206 
すべりに引き上げて、船底や船体を整備塗装中の「住宝丸」です。

この漁船も小型底引き網漁船ですが、先の「海光丸」のような鉄枠は使わずに、網だけを海底に下ろし、十数メートルの張り竿を使って左右に大きく広げた網を巧みに操作し、より広い面積の海底を引き回します。

地域により名称は異なりますが一般的な漁業許可証の分類として、「えびこぎ網」「なまここぎ網」「けた網」「貝けた網」「なまこけた網」等の許可証に分類されるみたい・・・(*^。^*)です。

2014-10-29 022 
「住宝丸」と同タイプの小型底引き網漁船「第三藤丸」の魚網巻揚げ機です。

このタイプの漁船が得意とする「えびこぎ網」漁は夜間操業ですので、危険な作業スペースである巻き取りドラムの付近はきれいに整頓され、作業に必要な道具類はホルダーやフックを取り付けて定所に置き、使い勝手が良いように工夫して配置されています。

2014-08-19 012 (1024x761)
大柿町歴史資料館に展示の大原湾内の写真です。

「鉄輪松」とあるのは、今の叶枩神社付近だと思いますので対岸の家々は水畑地区?。
帆船は風の力を利用して、打たせ網漁(えびこぎ)をする漁船です。

大原地図1899 
明治32年の大原湾付近の地図(国土地理院)です。

原画ではないので不鮮明ですが、大原湾付近の地形は今とほとんど変わらず、この頃にはすでに干拓事業も終り、大原湾の堤防もきっちりと築かれていたようです。

2014-09-17 084 
丘の上から見た大附の方向です。

今も少しづつですが、港の整備は継続中です。
新規に最新式の桟橋が増設されました。

2015-02-15 023 
大原湾の南、小古江付近から見る、大原湾の入口付近と、はるか南には陀峯山の山容がシルエットとなって見えます。

手前海面に見えるのは、杭打ち式垂下と呼ばれるカキの養殖棚です。
現在主流である筏式垂下法が開発されるまでは、この杭打ち式や、ひび建、地蒔き、で養殖されていましたが、今はカキ幼貝の生育調整などに利用されています。
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