大原 農道(八王寺農道)他 2/2

2014-05-22 002 032 
竹藪を抜け、小さな菜園兼みかん畑へと向かう農道です。

島内に多くの孟宗竹が植えられたのは戦後になって、牡蠣筏(カキイカダ)で孟宗竹が多用されるようになってからです。
孟宗竹が植えられるまでは、急斜面を削って作った段々畑が山々の尾根まで続き、サツマイモやラッキョ、土地の肥えたところでは、綿花や葉タバコ、大豆、蜜柑などの栽培が試みられましたが、とてもとても労力に見合う収益を得ることなど出来るはずもなく・・・(~_~;)です。

2014-05-22 002 029 
労働に見合う収益を得ることはできませんが、自身が責任を負い、安全に美味しく作った野菜や果物は、子供や孫の健康を願う、お爺さん、お婆さんには止めることのできない楽しい作業です。

島内では、このような竹藪や雑木林、人跡未踏?のその先に切り開かれた耕作地をわりと良く目にします。
そんな土地の水には生活、産業汚水が一切入り込むことがない清水だから・・・です。

自然用水の限られたこの地で農業が急速に減退したのは、農業用水路に生活汚水が大量に入り込んだことも、その大きな一因です。

2014-05-22 002 033 
丘の斜面を削って作ったミカン畑、周りから押し寄せる雑木の新緑に押しつぶされそうになりながらも、五月の風に蜜柑の花が甘い香りを漂わせます。

2014-09-15 099 
田んぼを一枚でも多く作るため、集落は一段も二段も高い丘の上につくられました。

過去何百年にもわたり、生活の基盤であったはずの田んぼが今生茂る夏草に埋もれ、基盤を失った集落も、また一軒さらに一軒とビンボウカズラに覆われて朽ちていきます。

2014-10-15 048 
柿木の下の野菜畑、コンクリートで舗装されてはいますが、道幅1mもない生活道路兼用の農作業路、はるか遠くの丘にご先祖様のお墓が並びます。

2014-05-07 002 012 
家の軒下にある野菜畑でさえもイノシシの被害を避けるために金網で囲います。
でなければ、一夜のうちに穴だらけ、百姓屋であてもナス、キュウリ、タマネギ、皆スーパーで買うことになります。

2014-10-15 050 
秋のコスモス。
秋桜は荒地が好きな花です。

2014-09-18 061 
ご先祖様が精魂込めた農地が、まずはお花畑に、そして・・・

2014-09-18 066 
つい4,5年前までは、大根や、ホウレンソウの若葉がさんさんと注ぐ初秋の陽光を受けて育つ、手入れの行き届いた菜園だったのですが・・・

シロハギ、キバナコスモス、シオンの咲くお花畑に変わりました。

2014-09-15 042
庭先に沢山の石臼が集められています。

そんなに興味があるんなら一つ持って帰るかい???
いやいやいや、もうそんな余力は・・・(^_^;)です。

2015-04-02 013
少しだけ遅れて作られた感のある八王寺農道ですが、・・・

能美の歴史が刻み始められた、奈良、平安の頃から数えて千二百年、いまさら十年や二十年の時の遅延は桜の花びらが風に舞う時間よりもっともっと短いほんの一瞬です。

豪雨による土石流に埋まった、旧宝持寺の境内に舞い落ちていた桜花が、いまはその跡地を貫く八王寺農道の路面に舞い落ちます。

桜の枝先はるかに、再建されたばかりの新宝持寺本堂の屋根が光ります。

注) 農道名は八王寺農道で統一されるようですが、地名や山名は資料により八王子と八王寺が混在します。
元々がどちらかに決められていたわけではないので、どちらも正しい表記です。
山の名前など、地元民の間では、高山、裏山、御山、とかの呼び名で十分通じ合えたのですが、広域地図とかに表わそうとすれば判別しやすい名がどうしても必要ですから・・・(^_^;)です。
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