深江 大附やしろ(社)群

深江大附やしろ群 
全戸数、わずか数十軒の深江大附地区ですが、金比羅神社の他にも五社の御やしろが点在します。
しかも、それぞれに日々だれかがお参りをされ、やしろや境内、参道までもが掃き清められています。

それぞれの御やしろには、それぞれの御名があることと存じますが ・ ・ ・ m(__)mです。

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大附地区のもっとも北側、古くは小島(半島?)だったと思える岩山の上に祀られたA社です。

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御やしろには赤いたれ幕としめ飾りが架けられ、祭壇にはロウソクと青々としたサカキがあげられています。

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御やしろの建つ小島?の裏側です。
周りはすべて埋め立てられていますが、昔の波打ちぎわが一部そのままに、残してあります。

この小島(半島?)は一片が数メートルはあろうかと思える多数の方形の大岩でできているために、まるで人か鬼かが大岩を積み上げて作った砦のようにも見えます。
これは、花崗斑岩が風化して方状に節理したためで、花崗岩類や花崗斑岩に見られる特徴的な風化様式です。

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金比羅神社のすぐ脇、突き出した半島の窪みにB社が祀られています。

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この御やしろには、赤い垂れ幕は無く、斗組(ますぐみ・とぐみ)付近が白く塗られていて、屋根には千木がたちます。

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大柿町の地質基盤は花崗岩や花崗閃緑岩ですが、その後の地殻変動で、その花崗岩、花崗閃緑岩を引き割り、花崗斑岩が岩脈となって貫入しました。
この花崗斑岩は脈状に貫入したためにより方形に節理しやすい性質があり、島内他所においても岩脈となって貫入した斑岩類の多くが方状に節理しています。

A社、B社、C社はこの花崗斑岩の方状節理の上に直接乗っかっていて、D社、E社もその花崗斑岩の脈に沿って建てられています。
ちなみに江田島市内に、この花崗斑岩の岩脈は50本以上が確認されており、南北方向の長さが数百から数キロメートル、幅は数メートルから百数十メートルあります。

詳しくは、江田島市の石「プロローグ」をご覧ください。

2014-09-25 259 
B社の前は大原湾の出入り口で、その湾の対岸に鹿川大矢地区の海岸線、さらにその先には江田島市最高峰の野登呂山(542.2m)頂が見えます。

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B社の脇を半島の尾根に沿って登った先にC社が建てられています。

鬱蒼とした木立と落ち葉に覆われていますが、周りの大岩はみな方状に割れていて、大きなブロックを積み重ねたように見えます。

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御やしろには赤い垂れ幕が架かりますが、しめ縄の形状は、A社ともB社とも違っています。

牛蒡(ごぼう)しめ縄と呼ばれる様式ですが片側が極端に太く、また一般的な掛け方とは左右が逆になっていますし、トビウオの羽状の飾りも付けてあります。

2015-02-23 077 
D社は部落の中心部、古くからの主道路に面し、海を背にして建てられています。

神前には狛犬が置かれており、その奥にサカキがあげられています。

左にある海水池はこの付近の干拓時に造られた調整池です。
最近の埋め立て工事ではこのような調整池を残すことはしないようですが、昔の干拓地には必ず一部の海面を残して、異常な降水等に対応すべく調整池が併設されています。

2015-02-23 055 
E社は大附部落の最南端、木陰の下にひっそりと祀られています。

背後は絶壁で人の行ける場所ではありませんが、わずかの土地をつくってご先祖様がお住まいになられます。
五社のなかではもっとも大きく造られた御やしろですが、千木は乗っていません。
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