深江 県道・農道 2/2

田中川農道空撮1974 
昭和49年12月の田中川付近の空撮画像です。
当時八王寺農道は計画もありませんし、田中川農道も舗装整備がされているのは下流域の一部のみです。

農道の多くが手押し耕うん機も入らぬ、未整備状態にもかかわらず、田んぼや畑、果樹園は今では想像もつかない山の頂まで耕されていいます。

ちなみに、明治15年の深江村普通物産表によれば
米(43町1反)・うるち米(3町8反)・裸麦(74町)・粟(1町5反)・大豆(3町5反)・小豆(3町1反)・蕎麦(1町5反)・空豆(1町4反)・甘藷(30町)

明治15年深江村特有物産表に
実綿(33円)・葉煙草(38円)・茶(13円)・甘藷(450円)・木綿(4800円)とあります。

さらに、深江村の明治14年と昭和33年の土地利用状況では田(554反→662反)、畑(1,009反→963反)と、ほとんど変わらぬ耕地面積です。

つまりは、山の頂まで余すところなく土地が耕されていたのは遠く明治のころ、あるいはそれ以前からの変わらぬ風景として、昭和の後期まで続いていたのです。

(10反=1町≒1ヘクタールです。また明治中期の頃の1円は、今の2万円くらいとも云われますが????です。)

2015-04-09 104 
田中川に沿って登る田中川農道です。

2014-09-25 106 
一足先に刈り取りが終わり、稲はぜに架けられた早場米です。

2014-09-25 114 
稲穂が垂れ、ヒガンバナの咲く農道は日光東照宮の日暮門よりもあでやか・・・(*^。^*)です。

2014-09-25 124 
お百姓様、ありがとう・・・m(__)mございます。

2014-09-25 120 
お地蔵様、ありがとう・・・m(__)mございます。

2015-05-21 037 
市街地の裏手もはるか山の頂まで細い道が続いていましたが、今残るのはご先祖様が祀られた墓所までがやっと・・・

2015-05-21 044 
地域の宝だったため池も・・・

2015-05-21 054 
やがて少しづつ堆積した土砂で埋まり、稲穂の代わりにキショウブが黄金色に輝きます。

2015-06-10 022 
陀峯山系の清水を集めて下る鳴河川を水源に、田植えがされたばかりの田んぼです。
お米、美味しいでしょうねぇ~~~ ・ ・ ・ (*^。^*)です。

2014-12-22 094 
人のいなくなった山野はイノシシさんの楽園です。
高品質の野菜や果物を求め、団体で爆買(食)ツアーに訪れます・・・(^_^;)です。
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