深江 記念碑・記念物ほか

5)大柿町南部 深江地区 
深江地区に見る、記念碑、記念物的・・・な、もの、など、を列挙します。

2015-04-09 171 
沖野島へと渡る手前、島戸の入り江に「魚魂」の碑と「畜魂」の碑が併設されて建ちます。
「魚魂」 衆議院議員 森井忠良

2015-04-09 168 
「畜魂」 参議院議員 源田実

碑文には・・・
真如界には自他の差別なく一心法界には生仏の仮名なし 然りと雖も諸縁によりて業果を六道に感じ報命を四生に受く 今現に羽毛魚畜類にその生を受くるもの 重苦はそも奈何あらん 然るに吾等人間多数の生命と蹂躙し無数の生命の犠牲なくしては人命を完うし難しこれ当然のことには非ず 唯々、痛恨懴悔の他はなし これに因りてみ仏の慈光を蒙りて生死諸悪の本を抜断され速かに得脱の善縁を得ん事を念じて
吾等懴悔の意をあつめて魚畜類の諸霊をなぐさめるべく此の碑を建立せり
浄土真宗 宗顕寺住職 慈摂書
昭和五十七年三月吉日 江口昭三建之
・・・ 合掌 m(__)mです。

2014-05-07 002 117 
陀峯山への登山道でもある椿林道から見た、新開地区と沖野島とを結ぶ沖野島農道橋「黄幡大橋」と、その先の「黄幡の生洲」です。

この黄幡大橋は能美島と倉橋島を結ぶ全長623.5mの「早瀬大橋」(昭和48年10月27日開通)をのぞけば、市内唯一の島と島とを結ぶ夢の懸け橋?、しかも、早瀬大橋よりも古く、昭和47年4月に完成しました・・・(^_^;)です。

黄幡1974 
昭和49年12月の「黄幡の生洲」です。
古く万治二年(1979年)のころから、潮通しの良い湾の入り口を仕切り「いけす」としてして使われていました。
今では当時の痕跡もありませんが、この画像にはまだ仕切の杭がはっきりと写っています。

2015-06-10 036 
沖野島の北端に海の駅「沖野島マリーナ」があります。
ヨットなど小型船の係留設備をもち、クラブハウスやメンテナンスヤードなどの設備もあって、休日などは各地から集まったセーラーで賑わっています。

この地では明治24年11月、農務省よりの真珠貝移植計画をうけ、幼貝の移植育成事業がおこなわれました。
ただ、当時は半円真珠も研究段階の状態で、明治38年になってやっと御木本幸吉により真円真珠が生産されるという、真珠黎明期です。

戦後も大君の王泊でミツワ真珠が養殖事業を手掛けるなど、あるていどの発展をみましたが、いずれの事業も数年、数十年で廃業、現在では江田島市沖美町岡大王の「丸本真珠店」さんが、広島県内で一貫生産を手掛ける唯一の真珠店となりました。
ちなみに丸本真珠の養殖場は大黒神島近海です。

2014-09-25 150 
田中川農道を上り詰めた先に、今は使われなくなった大きな牛舎がぽつんと残ります。

牛舎の軒下に 「鎮魂」 小松牧場 昭和60年1月吉日 と大書された、大石が建てられています。

碑文には・・・
第二小松牧場造成工事記念
自分の歩んだ道を自分の目と心でふりかえり多くの恩人に感謝すると共に自ら正すべき所は正し、人間としての重大な権利と義務責任の双方を自覚し、果たせ。
その為には、修養と生活設計の目標を樹て、悔いのない月、日、を生きる為の基盤とせよ。
一九八八年一月 昭規

記念碑や付近の状況から察するに、牛肉などのバーベキュー設備を整えた「小松観光牧場」があったようです。

100628 093 
もと深江小学校の正門前にある、深江老人集会所は、もと深江村村役場の跡地に建ちます。
その道路側に建つ青銅座像は村役場の建設に多大な貢献をされた「灘田玉八翁」です。

そえられた碑文には・・・
故灘田玉八翁は立志傅成功の人資性謹嚴にして公共心篤く且つ慈善に富む今回令嗣灘田義雄氏は岳父の遺志に基き本村役場敷地及廳舎購入資金として巨額の金員を寄附せらる仍て本村は此の篤志を偲び翁の座像を建て以て彰功す
昭和十三年五月 深江村村戸主會長 村長 濵岡若太郎
・・・と、です。

ちなみに、深江村は昭和29年11月3日、大柿町と合併しました。

2015-05-10 095 
深江市街地の北、畝山の中腹に、大きな大きなクスノキがあります。

楠部家の庭で、歴代当主に保護され大きく育ったのでしょう、「楠部の大楠」とよばれます。
いま、楠部家のお屋敷は移転しましたが、大楠の枝下には楠部家歴代のお墓が整然と並びます。

2015-05-10 097 
推定樹齢は4、5百年?くらい、成長の途中でヤブツバキを巻き込み、幹の途中からツバキの枝が生え出ているように見えます。
広島県下で第5位の巨樹ともいわれており、南向きの山腹で、たっぷりの日差しを浴び、この先も百年、2百年、3百年・・・とさらに大きく育つことでしょう。

ちなみに、日本でもっとも古木とされるクスノキは樹齢3千年と云われる、柞原八幡の大クス(大分県大分市八幡)と、川古のクス(佐賀県武雄市若木町川古 日子神社)の二本があります。

宮島の大鳥居に使われることがなければ、あと2千5百年は十分に生き抜くことができそう・・・(*^。^*)です。

CIMG2933.jpg 
深江地区の北部にある、大附の海浜公園です。
とは、云っても今は訪れる人も多くはないのですが、昭和の一時期には海水浴客で細い海岸線道路が身動き取れないほどの人、人、人であふれたことも・・・(^_^;)あります。

2015-02-23 052 
自然の残る海岸線で、生物相も豊富なのですが、海砂の採取??あるいは防波堤の工事???、しだいに砂浜が減少し、テトラポットで大波を遮る状況になってしまいました。

CIMG2934.jpg 
大附の海岸線を守る自然林です。
山に自然がもどれば、やがては直下の砂浜も、またその先の海も生き物も、連鎖して素敵な調べを奏でます。
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