中町 二宮神社

2)江田島町南部 二宮神社 
二宮神社は中町保育園の裏手にある、小さな丘の上に鎮座します。

能美町誌やその付図説明によれば・・・

二宮神社(東天寺山・堀城跡)
八幡神社の末社で、祭神は 品陀和気命(応神天皇)、あるいは高良神であるとも云われます。
昔は海に接していて、元禄の頃(1688~1704)名跡を絶った松田善之進の居城であったと伝えられ、掘城とも呼ばれていました。
また麓(ふもと)部落にある城山(麓城跡)は、掘城の後備えであったと云われます。

明治初期の廃仏毀釈騒動で一時は八幡神社に合祀されましたが、のち村の鎮守の神として再建されました。
古くは境内に神木とされる柿木があり、その実を食べると吃(どもり)を患ふと云われていました。

蛇足です。
あるご婦人から、子供のころにお爺さんに聞いた話だとの前置きのあと、むか~し、この中村(中町)において、二宮と堀城、養源(玄)寺の3手に分かれての大戦があったとか・・・
おそらく戦国の騒乱で、目まぐるしく変わる政権に振り回された結果の惨事だったのでしょう。
勝敗はどうであれ、付近の村々をも巻き込んだ悲惨な結果とななっただろうことは・・・です。

2015-04-23 029 
大鳥居には昭和十二年九月吉日・・・と。

能美水軍が割拠した時代には、掘城があったとされる小丘ですが周りを藪に囲まれてしまい、眼下に広がる江田島湾をや対岸にそびえる古鷹の頂を見通すことはできません。

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正面から見た拝殿です。

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境内は広くはないのですが、石燈籠や幟立ての石柱もあり、コンパクトにバランスよく配されています。

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拝殿の内部です。

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拝殿天井部の木組みです。

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拝殿からか少し離して登りの石段があり、その頂部に本殿が載ります。

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緻密に造られた本殿の屋根部です。

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本殿木組みの要所に付けられた釘隠しとなる金具で、六葉金具とも呼ばれます。
♡型の穴は猪の目透かしと呼ばれる伝統的な文様で、古墳時代にはすでに用いられていたとか・・・。

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本殿を載せる石組に小さく、寄贈者 神戸市 三浦士郎の名が刻まれていました。

2015-04-23 052 
またまたの蛇足になりますが、とう二宮神社は二宮金次郎(尊徳)さんとは無関係で、中町(能美)八幡神社に次ぐ神社という意味での二宮です。

2015-11-09 043 
本殿と拝殿の右側面です。
一般的な拝殿は、こちらの向きを正面としますが、当社拝殿は入母屋造りの破風面を正面に据えた珍しい造りとなっています。
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