中町 旧中村(中町)郵便局舎

2)江田島町南部 中町郵便局 
大後川を遡って徳正寺に向かう途中、板張り壁に開放的なガラス戸をはめ込んだ洋風感覚の一軒家があります。

2014-08-01 188 
垣根からはみ出した青い朝顔の花に気を取られ、ふと目をやりますと、・・・

え、え~っ、その先の敷地内にある洋館風建物の庇の下に〒のマークが見えます。
きっと、当家の御主人様が郵便マニアの方で、いろいろなグッズとかを集めては家の周りを飾ってるんだろうなぁ~。

2015-04-23 065 
きっと、赤い円柱ポスト(丸型ポスト)とかも収集して飾ってあるかも?って、玄関付近を探しましたがそれらしいものはありません。

ガラス戸の窓枠が青いペンキでセンス良く塗られていて、郵便マニアというよりは、日曜大工やガーデニングが趣味って感じのお宅です。

2015-04-23 068 
でも、やっぱり〒マークはしっかりと張り付いています。

2015-04-23 067 
家の角に取り付けてある丸くて白い外灯も、昔見たことのあるタイプですし・・・

2014-08-01 192 
ご主人様は不在がちな様子で、庭は少し荒れ始めてはいますが、それはそれで・・・いい感じ(*^。^*)です。

アルミサッシ全盛となった時代に、六つに区切られた木枠の窓は、哀愁一杯、これもいい感じ(*^。^*)です。

2015-11-09 049 
念のためもう一度正面から確認しますが、教会のクロスじゃありません。
やっぱり郵便局のマークです。

2015-12-28 073 
田んぼの脇を流れる大後川の向こう、しっかり組まれた石垣の上に乗るこの建物は、旧中村郵便局舎でした。

能美町誌によれば明治7年、下田屋敷に「中村郵便取扱所」が設置され、同8年「中村郵便局」に昇格、同23年になると中村と廿日市の間を番船を利用した便船が運行しました。

大正9年、今田六郎氏が郵便局長を拝命、局舎も下田家から今田家に移転し、その後昭和32年には町村合併により「能美郵便局」と改称しました。

今に見る郵便局舎は昭和12年に建て替えられたもので、同45年まで郵便業務を行なっていました。
局舎が奥に長いのは昭和44年までの間、電話交換局が併設されていたためです。

ちなみに中村郵便局では昭和4年に電信電話事務を始め、同6年に加入電話機10台で電話交換を開始しました。
一般家庭に電話機の普及が始まったのは昭和40年代に入ってからで、昭和43年の電話機加入数は416、同48年1505、同53年2368とわずか十年余で急速な発展をみました。

2015-04-23 028 
昭和45年今までの郵便局舎から大後川に沿って百数十メートル下った位置に新しく「能美郵便局」が建てられました。

その新局舎の玄関横に、いかにも実直そうなお顔の銅像が建てられており、鋳造したプレートには「今田鎭之助氏の像」 衆議院議員議員 灘尾弘吉書 と、あります。

さらに側面には、中国地方特定郵便局長会より、功績をたたえる碑文が添えられています。

要約しますと、豪商今田家に生まれた鎭之助氏は第三代能美郵便局長として四十年余、中国特定局長会会長、全国特定局長会副会長として大いに統率力を発揮、さらには能美簡保センターの誘致他、郵政事業の発展に大きく尽力した偉業功績を後世に伝える。
昭和53年7月吉日
と ・・・m(__)mです。

2015-09-23 026 
あ、あ~っ。
赤い丸型ポストは、こちらに置かれていました・・・(*^。^*)です。
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