鹿川 将軍社 1/2

4)能美町・沖美町南部 鹿川将軍社・郷土資料館 
鹿川の町を見下ろす丘の上、鎮守の森の中に鹿川将軍社が鎮座します。

将軍社(天大将軍社)の祭神は経津主命(ふつぬしのみこと)と武甕槌命(たけみかづちのみこと)であると云われます。

昔(1680年頃)、棟という家の人が田に水を引くため井戸を掘っていたところ、武人の姿をした人形が出てきました。
子供の遊び道具にでもと家に持ち帰ったのですが、その夜夢枕に現れ「我は天大将軍なるものである。我を祀るなら年に三軒以上の家は焼かぬ」とのお告げを聴き、丁重にお祀りしたところ、以来鹿川において大火の起こることはなくなった・・・と。
(以上能美町誌より・・・m(__)mです。)

2015-03-20 152 
人家の立ち並ぶ細い路地を登った先に、花崗岩から切り出した大きな鳥居が建ち、さらにその先へと花崗岩の急な石段が積み上げられています。

鳥居には、奉寄進 施主 豊嶋忠敬白 文政十一戌子二月吉日 石工 吉浦 長十藤原元房の文字が見えます。

2015-03-20 148 
鳥居のすぐ下まで、鹿川の家々が迫ります。

2015-11-10 075 
境内には真砂土を突き固めた土俵が残ります。

昭和も中期の頃までは小中学校の校庭、神社、各村々の広場など、どこにでも作られていた土俵ですが、最近はまったく見ることがありません。

この鹿川将軍社に残る土俵が、おそらくは江田島市内で唯一最後の土俵となるのかも? ・・・(^_^;)です。

2015-03-20 126 
拝殿の奥に、将軍社の社額が見えます。

まずは、二拝二拍手一拝・・・m(__)mです。

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けして大きな社ではありませんが、しっかりと組み合わせた土台の石に、石工さんの強い意気込みが感じられます。

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堅く組まれた土台に、簡素ですが、端正でバランスの取れた拝殿が凛として建ちます。

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飾りは簡素ですが、将軍社らしく直線的で几帳面な造りとなっています。

2015-11-10 067 
本殿は拝殿とは離れた別の石組の上に乗ります。

その脇に建てられた石碑に銅板がはめ込まれています。
鹿 川 将 軍 社
祭 神
経津主命
武甕槌命

由 来

瀬戸内海に於る海賊との戦いに武勲をたて武人として祭る。

明治三十年頃より鹿川神社となれど明治三十七年頃改築(棟梁)石原林平で完成す。
以後鹿川将軍社として祭事行なわれ二度ほど修理、今日に至る。

改修
鹿川将軍社発起委員
委員長 今宮春雄
委員 今宮勲 小原修 藤本司 猪垣弘志 徳永繁雄 平岡慶三 平岡透 井手勝 松田斉 沖丈一 高井勇 池本豊 吉岡定雄 三笠六一 長平良正 西山稔
昭和五十六年十月吉日

2015-11-10 095 
鎮守の森にはシラカシの古木が十本ばかりあって互いに梢を競っています。

この日、境内や石段周りには何千個もの鹿の糞?いや、シラカシの実がばら撒かれており、ときおり吹く風にパッチン、コッツン、ポッツン、パラパラと、さらに数を増やしていました。

江田島市内でここまでまとまった数のシラカシの古木を見たのは始めてです。
もしかしたら食べれるかも?って、十数個ポケットに入れて持ち帰りました。

フライパンで炒め、ビールを飲みながら奥歯で噛み砕きましたがが、3個でギブアップ・・・(^_^;)でした。
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