高田 荒神神社

高田グーグル地図D・荒神神社 
高田荒神神社は高田港の南、中谷造船所作業場の前にあります。

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中谷造船所の巨大な防塵、防音壁で囲われた、すべり船台をバックにして高田荒神神社が建ちます。
境内への入口、左右の燈籠には「清明 荒神玉次」と彫られています。

ちなみに、荒神玉次氏は昭和26年10月のルース台風により被災した西能機帆船事業組合(遭難者21名・沈没機帆船19隻)の救済に理事長として大奮闘されました。

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荒神神社正面、まずは二拝二拍手一拝です。

能美町誌によりますと聖徳2年(1712)の頃、高田萩原の荒神の森にあったものを、八島を経て光泉寺へ、そののちさらに現在地に移設されたと云います。

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格子戸の隙間から堂内部を拝見させていただきました・・・m(__)mです。

本殿の前には紫に染めた社幕が掛けられており、三つ巴の御紋と「奉納 大阪 荒神勝 平成十一年八月吉日」の文字が見えます。

堂内には寄進者芳名を記した木板も張られていますが、残念ながら判読ができませんでした。

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境内の奥に重厚な石碑が建ちます。

「荒神神社寄附者」とあり、寄付金と芳名が彫られています。
三十円?とか二十円?とかの文字が見えますので、おそらくは大正末期か昭和初期頃の碑だろうと思います。

ちなみに、明治から昭和にかけての、教員(小学校?)の初任給は
明治19年 5円
明治30年 8円
明治33年 11円
大正7年  15円
大正9年  45円
昭和6年  50円
昭和16年 55円
昭和21年 400円
昭和23年 2000円
昭和26年 5050円
昭和32年 8000円
昭和40年 18700円
昭和50年 81104円
昭和55年 102336円
だった、そうです。

以上は、ネット情報「近現代・日本のお金」より・・・m(__)mです。

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荒神神社とは中谷造船所の船台を挟んで、さらに南に小さな社が置かれています。

社名神名を記した碑がありませんので、何社なのか判別できませんが、能美町誌に、荒神神社を当地に招いたおり、近くにあった松の巨木を神として住吉神社を分祀したとありますので、おそらくはこの社が大松の枝下に祀られた住吉神社であろう???と思います。

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石で組まれた台座の上に、花崗岩から削り出されたまだ新しいピカピカの祠が載せてあります。
後ろへと廻る前に、深く二拝、二拍手一拝・・・m(__)mです。

社の前の海には、かって巨大な松の枝が大きく張り出しており、その下を小魚が跳ね飛ぶ姿もみれたことでしょう。

その青い海は沖へと遠ざかりましたが、造船所で働く多くの作業員を見守り、その安全を願って・・・と、神様も昔のように、跳ねる小魚を見てるような暇はなくなりました・・・(^_^;)です。

青い海に代わって建った青い防塵壁、中央部に開けられた巨大なスライド扉は、中谷造船所の船台や作業場、浮きドックへの出入り口です。
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