高田 南胡子神社

高田グーグル地図D・沖胡神社 
「沖南胡子神社」からさらに南に下がった位置に牡蠣事業者専用の港、中田南漁港があります。
その魚港の荷揚げ場の一部を花崗岩石柱をもって玉垣とし、朱塗りの「南胡子神社」が建ちます。

2015-06-13 081 
青い銅葺屋根をのせた朱塗りの南胡子神社は江田島湾を背にし南を向いて建ちます。

2015-06-13 085 
社殿の前に建つ石碑には、胡子神社建立記念碑 昭和四十五年元旦 とあり、もう一つ別の石板に、胡子神社建立世話人として
山崎末一・秋元勉・原田実夫・片平勇・小笹山定雄・山本幾次・小川己稔・清次武夫・池本才松・古本英雄・山崎康・平井勝の名があり、

寄付者芳名かき業者の部として
山崎末一・小笹山定雄・片平勇・原田実夫・小川?稔・山本幾次・清次武夫・池本才松・石田章・石田勝・石田善理・原田春男・片平光秋・山崎康・古本久夫・古本英夫・古本幸夫・秋本勉・秋本智敏・下家九一・森野清・原田稔・井原義夫・橋本俊一・西原?男・西原一正・中下倉次・中下巌・山岡正悟・柳川清美・古本紀昭・小笹山譲・陣森節士・山崎利相・平本博
の御名があり、さらに一般寄付者大勢の芳名がつづきます。

2015-06-13 089 
中田南漁港の防波堤内とはいえ、北風や波しぶきがまともに吹き抜ける位置に建ちます。

台座の石垣は隙間なくぎっちりと組まれ、社殿はその上のぶ厚いコンクリート台に埋められたアンカーボルトできつく抑えてあります。

2015-06-13 084 
神社境内に大岩を建て、昭和四十五年春 牡蠣供養塔 高田牡蠣業者一同と深く刻まれています。

能美町誌によれば、元禄13年(1700)のころには安芸草津産の地蒔き、あるいは、ひび建て養殖で育てた牡蠣が大阪方面に出回っていたと云われます。
能美における牡蠣養殖は昭和3年(1928)広島市観音の住人が当地高田漁場において契約養殖を始めたのをきっかけとし、昭和13年になり高田村漁業者による簡易垂下方式(杭打ち式)が普及、数年のうちに牡蠣養殖に適する浅海海面は手狭となり昭和20年には飛渡瀬の漁業会とも合併し規模の拡大を図りました。
その後昭和23年(1948)には、筏垂下式養殖法も導入され、さらに昭和30年頃より筏の素材を柔軟性のある孟宗竹としたことにより、利用できる海面は一気に広がり、江田島市の牡蠣生産量は国内第一位あるいは第二位を争うほどに大発展を遂げました。

この大岩は、能美あるいは江田島市の「牡蠣発祥の地」記念碑でもあるわけ・・・(*^。^*)です。

高田かき筏19471215(昭22)A 
画像は昭和22年12月の中田港(高田、中町沖の海面)です。
牡蠣養殖の筏はまだ設置されていないようです。

中田港中央に見える白い船影は米軍爆撃機の攻撃により大破着底した日本海軍の重巡利根です

1966 09 13(S41)かき筏 
昭和41年9月の中田港です。
無数の牡蠣筏が見えますが、まだ係留技術が発展過渡期?のようで、筏も雑然と浮いています。

高田沖かき筏ぐーぐる2016 
現在の中田港の様子、統制され整然と浮かぶ筏群です。
これだと養殖管理作業で巡回する作業船も安心して走れそう・・・(*^。^*)です。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
検索フォーム
カテゴリ
リンク
最新記事
月別アーカイブ
プロフィール

わきです

Author:わきです
FC2ブログへようこそ!