高田 光泉寺地蔵堂

高田グーグル地図D・光泉寺 
「光泉寺地蔵堂」は「光源寺」と同じ空地区にありますが、光源寺からはさらに農道を10分ばかり登った先の小さな丘の上に建ちます。

2014-09-11 075 
大きく育ったソメイヨシノの枝下、木漏れ日を受けて建つ光泉寺地蔵堂です。

江戸時代に書かれた「能美島志」宝暦13年(1763)に、光泉寺は高田邑にあり、今延命地蔵像あり、これを堂に安んず、傍に樹あり、其葉茶の如し、然れども其の名を識る者なし、土人これを無名木(ななしぎ)という。と伝わります。

今もこの小丘には多種の木々が鬱蒼としますが、無名木がどの樹を指すかは不明です。

光源寺由緒に云われる、畑地区の山中にあった禅門道場がこの地に移りて光泉寺となり、その法師受玄が浄土真宗光源寺二代目となった寛文元年(1661)以後、光泉寺(禅寺?)は解かれ、跡に堂を建てて延命地蔵が置かれたことになります。

ちなみに、わが国における喫茶の始まりは「日本後記(815年)」にある、嵯峨天皇に大僧都永忠が近江の梵釈寺において茶を煎じて奉った。であると云われます。

その後臨済宗(禅宗の一派)の開祖である栄西(1141-1215年)は宋に学び、茶の専門書である「喫茶養生記」を著して、お茶の効能を説きました。

光泉寺のもとは禅門道場にあると云われますので、あるいは特別な茶?を飲用、あるいは平家一門だったころに海外から移入した茶葉に似た珍な植物を育てていた?のでは???・・・(*^。^*)です。

2014-09-11 078 
光泉寺地蔵堂は昭和60年3月に再建されたばかりですが、地蔵堂としては随分と立派な、しっかりした造りとなっています。

2014-09-11 077 
お堂の廻りを囲う木々が大きく育ち、境内からの展望はまったくありませんが、四方からツクツクボ~ウシ ツクツクボ~ウシ、と大合唱・・・(*^。^*)です。

2016-09-12 055 
格子戸の奥、赤い座布団を敷いて座位の仏像(延命地蔵尊?)が置かれています。

ちなみに江田島市内で唯一の禅寺である曹洞宗「嶺雲山 宝持寺」の御本尊は延命地蔵尊です。

2016-03-31 048 
地蔵堂のある小丘の直下で枝垂桜が満開です。

小丘だけですと寺を結ぶには手狭ですので、あるいはこちらに光泉寺本堂が建っていたやも?・・・(*^_^*)です。

2015-04-23 131 
境内にはいつ誰が植えたのか、古木となった柿の木が春に緑に萌え、秋に赤く落葉するを繰り返します。
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