岡大王 黄幡社 1/2

s-グーグル岡大王・黄幡社 
岡大王の旧岡地区、山裾に沿った丘の上に「黄幡社(おうばん)」があります。
大王の天満宮と同様、岡の黄幡社も江田島市内では唯一の黄幡社となります。

ちなみに明治24年寄進の拝殿社額には「黄番社」と書かれています。
また、江田島町江南に「大判神社(おおばん?)」と呼ばれる祠がありますが黄幡につながるかは不明です。

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黄幡社は、島内最大といわれる大楠の枝に優しく抱かれ守られています。

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境内の地盤を守る石垣は何度も崩れたり積み替えらりしたのでしょう、角の尖ったのや丸く風化したものなどがあったり、大小もさまざまに積まれています。

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村の鎮守にふさわしい、頑丈さと優美さ機能性をバランスさせたモデル的な建築仕様です。

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鎮守様としては大きめに作られた社殿ですが、屋根に覆いかぶさる大楠との対比で小さく見えます・・・(*^。^*)です。

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拝殿横の軒下に、何個もの電線ドラムが置かれています。
お祭りのあとに、電線ドラムをテーブル代わりにして盛大な飲み会とかがあった?のかも???・・・(*^。^*)です。

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遅くなりましたが、拝殿正面にて「二拝二拍手一拝」・・・m(__)mです。

以下は、沖美町史よりの抜粋です。
岡の黄幡社は竈(かまど)や農業の神様である奥津日子神(おくつひこ)ほか四柱を祀っています。

古老の言い伝えによりますと、享禄年中(1528~1532)、岡村の森沢喜左ェ門・山田勘九郎という二人の村吏が夢を見た。
「森山の木末に幣帛がある。この村を守護する神であるから早く社を建て祀るべし」と。
直ちに二人は森山に行って見ると霊験神託たがわないことがわかったので村人と協議して社殿を建てた。
この神の鎮護により村内に火難がないので村民のこの神を尊敬することが日夜盛んなりと。

また能美島志には、「黄幡神社、岡村森山ニアリ、往古ヨリ六月虫祭り之節合祭ス」と記してあります。
尚、拝殿の正面の額に「奉寄進 黄番(黄幡)社 明治二十四年九月吉日 願主 當村 長岡喜一郎 敬白」と記されていますので現在の社殿はこの頃に再建されたものと伝わります。

ちなみに、ウイキペディアには黄幡神(おうばんしん)とは、九曜の一つである羅睺(らごう)を奉ったもので、集落の中心や三叉路、あるいは境や辻に、道祖神、守り神として祀られると。

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拝殿の右側面です。
拝殿の一段上方には、常世との境を石柱の玉垣で囲った赤い屋根の本殿があります。

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石工さんの腕前が光る花崗岩石組みの壇上に接着剤でくっつけたようにピッタリと本殿が乗ります。
現代のような大型の岩石切断ノコなどのない時代に、石ノミと玄能だけで叩き出した味のある岩肌と角の尖った直線の組み合わせが何とも言えません・・・(*^。^*)です。

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本殿の破風部を飾るのは大王天満宮の「いのめ懸魚」とは違って「かぶら懸魚」が架けられています。
大楠の枝葉から漏れる優しい太陽光が本殿の屋根に虹を作り、拝殿の瓦屋根にキラリ反射します。
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