岡大王 県道36号線

s-岡大王36号線A 
沖美地区(特に旧沖村)には急こう配な山裾がそのまま海岸へと落ち込む地形が多く、海岸沿いに道路を作るには近年の大型土木機械の登場が不可欠でした。

そのため、古くは耕作地を結ぶ農道と三吉(高松峠)や中村(雀峠)、鹿川(才越峠)とを結ぶ山越え道のみでしたが、江戸時代になり往環(おうかん)とよばれる90cm幅の道路が整備され、今もほぼそのままに、沖中央横断線(道幅は約3mに拡張)として是長、畑、岡大王を結びます。

現在の県道36号線の原型となる道路が整備された始めたのは大正7年で道幅は180cmでしたが、昭和6年になり、三高から沖(是長・畑・岡大王)、鹿川、大原を経由して大君までの間が県道認定を受けました。
才越え峠も昭和11年に5m幅に拡張され鹿川とを結ぶバスの運行(昭和13年 是長~鹿川)も始まりましたが、難工事であった是長と美能の間が完成したのは昭和35年で、三高とを結ぶバスの開通は昭和37年3月となってからでした。

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丸本真珠店さん前の県道36号線(広島県道36号高田沖美江田島線)です。
大型車同士の離合にはかなり神経を使いそうな道幅です。

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大王地区の丸本真珠店から、畑地区の元沖美町役場付近までは、県道沿いに小さいながらも数十軒の店が並び、沖地区の商店街通りとして昭和後期のころまでは賑わいもあったのですが、今は数店舗を残して休業状態となりました。

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寺野下酒店さんです。
ごく最近までは商いがあったようですが・・・。

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古くからのお店だったのでしょう。
柱に打ち付けたペプシコーラの看板が判読不能なくらい錆で覆われています。

ちなみにペプシコーラの日本本土内での販売開始(ボトリング)は1956年です。

一方のコカ・コーラは大正時代には輸入され、戦後進駐軍用にボトリングされていたといいますが、一般用にボトリングを開始したのは1957年です。

コーラ飲料が多くの人々に知られるようになったのは1962年、TVでCMが開始されてからのようです。
この看板も1960年ごろ、東京オリンピック(1964)の開催が決まったころに付けられた???。

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お酒、ペプシコーラの他にも、たばこ小賣所や、塩小賣所と、手広く商いをされていたようです。

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えっ?。
中国電力電球引換所の看板もあります・・・(*^。^*)です。

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数軒先へ進むと「学生服は乃木服」の看板が張られた元呉服商らしきお家もあります。

ちなみに、乃木服のブランド名は、昭和3年創業の備前織物(岡山市北区)より、乃木将軍学生服として出されたものですが、昭和55年廃業となり、のちニッショウ学生服と同様に、昭和被服総業が乃木服のブランド名を継承しています。

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散髪屋(理髪店)さんです。

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御料理、仕出し、食品雑貨の山井一馬商店さんです。

入り口のガラス戸には「広島歌謡コンサート」のポスターが張られており、出演者の香西かおり、新沼謙治、中村美津子、池田輝郎さんが笑顔でこちらを見ます。
上野学園ホール、開演は5月22日木曜日、午後の2時と夕方6時半、S席7,500円・・・です。

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このお家も広いアルミ戸の間口を持って、ご商売をされていた様子ですが・・・

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白壁に酒王千福の看板を揚げた、酒井酒店さんです。
キリンビールやタバコも商っておられます。

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畑地区との境界付近高台から見た、岡大王商店通り(県道36号)と、その上下に分断された岡大王集落の家々です。
センターラインもない狭幅の県道ですが、鋸の歯のように飛び出た幾つもの尾根を削り取り、深い谷を埋め、多くの民家の敷地を削って造られた、希少な交通路です。

現在は海岸線に沿った幅広いバイパス道を通る車が多くなりましたが、三輪バタンコや、ボンネットバスが頻繁に行き交った思い出の道。 昭和も遠くなりにけり・・・(*^。^*)です。
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