岡大王 いいとこ撮り 2/2

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人口減少が甚だしい江田島市内にあって、さらに過疎化が懸念される旧沖村地区(是長・畑・岡大王)ですが、かっては廿日市や宇品は対岸であるという利便性を発揮し、経済的にも文化的にも他地域以上の発展を見ました。

現在の江田島市内にあっても他では見ることのない様な、すばらしくりっぱな石垣を組んだ大邸宅がこの旧沖村地区には沢山あります。

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往還道沿いに、高く積まれた石垣の上に土塀を築いたお城のようなお屋敷もあります。
さらにその広い邸内からはみ出したソテツは、広島県の天然記念物である鹿川の大ソテツを凌駕する勢いで育っています。

このような、お城の石垣にも匹敵するような巧みな石組みは江田島市内でも旧沖村地区、中でも是長地区で際立っており、農閑期に段々畑に石垣を積み上げる技術から発展したものとは全く異質なものです。

お城を築くことのできる、特殊技能を継承した石工の小集団が、旧沖村地区に移住し活動した可能性も十分に考えられます。

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県道沿いの路肩に二台の脱穀機が並べ置かれています。

より新型と思える手前の脱穀機には「KATAKURA」の名が入った片倉機器工業株式会社製の片倉式脱穀機です。

この片倉機器工業株式会社は長野県松本市にあり、昭和19年、空襲を逃れて疎開した三菱重工名古屋航空機製作所の技術者と設備を継承し、同21年農業機械の生産販売を始めました。

昭和30年動力脱穀機の日本工業規格第一次の表示許可を取得、昭和44年オールスチール製軽量自動脱穀機を開発、その後も多岐にわたる農業機器の開発を手掛け、「消費者を大切にしたもの造り」をモットーとし躍進を続けています。

画像の脱穀機は自動式には見えませんので、昭和30年~40年くらいの間に製造されたもの?でしょう。

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主要部以外は木製の脱穀機です。

「TRADE HARAK」「MALUYO」と銘の入った脱穀機?です。
昭和40年代???まで、マルヨ式脱穀機として生産販売がされていた様子ですが仔細不明・・・(^^;)です。

おそらくは、昭和30年以前の動力式脱穀機だと思うのですが???・・・。

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左は、陶製の醤油樽で、上部をとても器用にくり抜いていあります。

右の火鉢のような陶製品は何でしょう???。
下部に穴が開いています???
縁の部分に「發明人 本藤光太」って、刻印も入っています。

二つとも、水に関する物のようですが???。
水には大変な難儀をする地区でしたので、屋根に降った雨水の集水枡?かも???・・・です。

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お百姓さん必衰の文明利器、軽トラです。

マツダの「ニューポーターキャブ」、エンジンは三菱自工製2G23型4ストローク2気筒SOHC「バルカンS」550cc、発売は1977年(S52)からです。

フロント下部に自然対流式外気取り入れ口があり、作動は運転席に座ったまま足で蹴り上げる?だったと思います・・・(*^。^*)です。

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農道脇にクワの樹の古木がありました。
大正時代に試みられたと云われる養蚕のなごりかも?です。

ちなみに日本最大とされる桑の樹は群馬県沼田市の「薄根の大クワ」です。
薄根の大クワは、幹周り5.6m、樹高13.6m、推定樹齢1500年とされます。

当地岡大王の大クワは、幹周り約2m、樹高約7m、推定樹齢おおよそ100年???・・・(^^;)です。

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農道脇や、家々を結ぶ小径の石垣の上にはよくスイセンが植えられています。

早春のまだ花の少ない時期に、心和むほのかな香りを漂わせます。

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往還道沿いのわずかな平地を利用してトタン屋根が架けられ、その下で真っ白な大根が切り干しにされています。

年明けの爽やかな春風を受け小刻みに揺れます。

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岡大王の沖、阿多田島との間にある航路を海外からの大型客船が広島港へと進みます。

江田島市内にあっても、もっとも早くに異国の新風を感じ取ることのできる土地柄・・・(*^。^*)です。
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