畑 元沖美町役場

s-沖美町畑B・旧沖美町役場 
今のような、スマホ地図アプリとかが無かった頃だと、初めて沖美町役場へ行くには途中2人くらいに道を尋ねなくては判らないような、場所にあります。

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元沖美町役場は、宇根山から延びる山裾の途中にポッコリとできた小丘を、平に削って造った高台にあります。

実は、この高台に建つ真っ白な建物を始めて見たころは、大会社の保養研修用施設?か、一般人は受け入れない会員制のリゾートホテル??だろうと思っていました・・・ (^^;) です。

白亜の沖美町役場がここに完成するまでには長い歴史と、そこに暮らす人々それぞれに多くの葛藤がありました。

そもそもは明治16年、住民の反対を押し切って岡村と大王村とが合併し岡大王村に、そして明治22年、岡大王村と畑村と是長村とが合併し沖村となりました。

さらに昭和31年、沖村と三高村(三吉・高祖)とが合併し、人口8447人の沖美町が発足しましたが、町役場は取り合いとなり、沖と三高とが2年交代で持ち廻ることとなりました。

全国的にも非常にユニークな発想でしたが、利便性や経費に問題があり、昭和45年となり当畑地区に新庁舎を竣工、沖美町役場として固定されました。

その後平成16年の4町合併により、江田島市沖美支所となりましたが、耐震化等の問題もあって平成29年3月、元沖小学校の跡地に移転と相成りました。

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小丘を登ったところに、明治22年発足の「沖村役場」と深く彫られた門柱が残ります。

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建てられた当初は遠目、リゾートホテルにも見えた元沖美町役場庁舎です。

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中央部が玄関で、右に「沖美町民憲章」の碑が建てられており、左側にはなんと、堂々下水管用マンホールの蓋が立て掛けられ飾られています。

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昭和31年誕生の沖美町町名は「青い海と緑の山にとりかこまれた沖の美しい町」からで、町章は昭和54年制定「おきみ」の図案化と沖・三高が中央の山で強く結ばれ、住民の円満と協調のもとに未来に向かってゆるぎなく前進する姿を象徴。(町章原案作者 酒永光志)

沖 美 町 民 憲 章   昭和六十二年九月三十日制定

わたしたちは美しい自然と誇り高い伝統をうけつぎ明るく住みよい郷土沖美町を築くためこの町民憲章を定めます

一、自然を愛し清潔で美しい町をつくりましょう
一、人権を尊重し平和で明るい町をつくりましょう
一、教養を深め文化の香りたかい町をつくりましょう
一、明日への希望をもち元気で働き活力ある町をつくりましょう
一、お互いに助け合い健康で人間味あふれる町をつくりましょう

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江田島市沖支所玄関わきに堂々飾られた、下水道管用マンホール蓋です。

青い空・白い雲・緑の山々・碧い海・輝く波・コスモスの赤い花々・・・(*^。^*)です。 

ちなみに佐伯郡沖美町、町の木はサクラ・町の花はコスモス・合併前の2004年3月末の人口は、4,032人でした。

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「江田島市 沖美支所」2015年3月の画像です。

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沖美支所から見た南の方向、手前が畑地区の家々、ずっと向こうに専念寺本堂の大屋根が見えます。

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畑地区の家々を見下ろし、西洋のお城のように建った沖美町役場も、今その任を終えて・・・。
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