畑 頌徳碑・軍人墓地

s-沖美町畑B・医師碑 
県道36号線沿い、元 沖小学校(現 沖美市民センター・沖美支所)の北隣り、山側に「世良田三次郎 頌徳碑」が建ち、県道を挟んで海側には「軍人墓地」があって英霊の墓石数十基が建ちます。

s-頌徳碑 
画像は元沖小学校校舎の残る、2013年11月のグーグル地図です。

海側に軍人墓地、山側に頌徳碑、その先の白い建物が2007年3月廃校となった沖小学校の校舎です。

s-2015-03-13 256 
沖村の誇りとして今に伝わる医師、世良田三次郎氏の頌徳碑です。

廻りに垣を築き、高く積まれた大石の上、瀬戸の大海を眼下にして建ちます。

s-2016-02-05 196 
大きな石碑の盤面には以下の文字が刻まれます。

頌 徳 碑 (しょうとくひ)
文部大臣 灘尾弘吉 篆額(てんがく)

世良田三次郎先生は資性仁侠四代の医業を継ぎ大正四年より昭和二十八年に至る四十有余年村医を兼ね終始一貫郷土民の健康保全に専念し患者に対しては恰も慈母の子に接するが如く往診は悪路馬に依り速かに病床を訪れ慈愛溢れる手当を終えて宅に帰り寝に就くは深夜二時三時に及ぶが如き又重患と見るや終夜枕頭に在て万善の処置を講ずる等特に利を求めず私財を投げうって施薬治療を貫行せらる嗚呼稀に見る仁医その恩恵に浴したる者数知れず眞に感銘に堪えざる所である依て同志相謀り茲に碑を建て以て比の偉大なる仁徳を永く後世に伝える
昭和三十二年五月 同志八百十名

(篆額とは、石碑の上部に篆書で書かれた題字で、灘尾弘吉氏の書です。)

誤字脱字がありましたら・・・m(__)mです。

s-2013-11-21 002 028 
沖村から出征、英霊となった方々の奥津城、身は帰らずとも、魂はこの地に宿ります。

s-2013-11-21 002 029 
廻りを囲む玉垣には、「墓苑玉垣 寄贈者 丸本?次? 昭和十四年一月」の文字が見えます。

s-2015-03-13 253 (2) 
遠く海の向こうからお帰りになられたのでしょう。
背を西に、日いずる東を向いての整列です。

深く、深く、さらに深く、合掌・・・m(__)mです。
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