畑 いいとこ撮り

s-グーグル地図・畑 
一般的な地図では大黒神島は岡大王地区に組み込まれますが、大黒神島の北西部は畑地区が所有します。

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画像は「沖美町史(平成元年三月三十一日発行)」に掲載の画像で、広島県立図書館が運行していた移動図書館船「ひまわり」が畑港へ立ち寄った場面です。

「ひまわり」は昭和36年12月15日、江田島町小用の「江田島造船所」で建造された木造船で、総トン数19.75t、最大速力は19ノットです。

就役期間である昭和37年4月1日から昭和56年7月31日の間、航行距離82,477km(地球を2周半)、利用者数は587,318人、貸出冊数は365,825冊であったと記録されています。

畑港で撮影の写真は昭和37年1月となっておりますので、おそらくは就役訓練を兼ねて畑港に立ち寄り、地元学生を呼んでのお披露目、船内見学などがあったのでは?と想像します。

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この画像は2005年7月、初めて買った200万画素のデジカメで写したものです。

船の経年老化と陸上交通の発達により、移動図書館の業務を図書館車「みのり号」にバトンタッチ、廃船となった「ひまわり」は瀬戸田町に寄贈され文化資料として保存活用されることとなりました。

私が初めて「ひまわり」を知ったのは小学生??の頃、おそらくは当時映画上映の前に必ず流される映画ニュースで??、でなければNHKの風土記番組で??・・・そこら辺の記憶は飛んでいるのですが、段々畑に除虫菊の波がうねる瀬戸内海の小さな港に「ひまわり」が静々と入港、桟橋には手に2,3冊の本を持った人々がしだいに集まってくる様子が、今も不思議と記憶の奥に残ります。

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往還道の下に広がる農地です。
ある時は米を作り、麦を作り、芋を植え、エンドウやダイコン、葉タバコ、そして除虫菊の白い花で埋まったこともあったやもしれません。

昭和の30年頃からはミカン作りが奨励されましたが、一帯がミカン畑に変わった途端の大暴落、多くの営農家は一瞬で路頭に迷う状況となりました。

数々の不条理な農業政策に不信の感が渦巻く激動のご時世にあっても、ただひたすら農地を守り育てる善良なお百姓さんの畑は常に美しく草一本も生えません。

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手入れされた畑の向こう、段々畑が何本もの横筋となって見えていた大黒神島も今は草木に埋もれて無人島です。

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往還道を飾る、薄い桃色の梅の花・・・(*^。^*)です。

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人家の密集する畑地区ですが、白壁の大きな土蔵もけっこう目につきます。

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平屋建て、南向き、潮風の吹き抜ける見通しの良い高台、県道わき、広い庭、普通車三台以上が余裕で駐車可能・・・そうゆうのを大豪邸っていいますよね・・・(*^。^*)です。

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大型車は入りづらいかも?ですが、いいな~~~。
こんなお家に住んだら、百歳までは余裕で長生きができそう・・・(*^。^*)です。

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県道から少し路地に入った所のタバコ屋さんです。
手売り販売は止めたようですが、文明の利器である自動販売機が24時間連続勤務で働いてくれます。

赤いプレートに白字で「たばこ」、昔はよくお世話になりました。

奥の方の縦長いプレートには「煙草小賣所 煙草小賣人」ってあります。
タバコ屋のお姉さんって、登録制だったのかなぁ~?。

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道路わきの駐車場に「PORTER CAB」マツダのポーターキャブです。

ポーターキャブは1969年3月から1989年まで販売されたそうで、初期型のエンジンは空冷直列2気筒2ストローク360ccだったそうです。

何年型かは分かりませんが、フットワーク良さそうで、細い坂道もスイスイと登れそう・・・(*^。^*)です。

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沖離島農道から見た岡大王集落と畑集落、畑漁港、遠く丘の上には役目を終えたばかりの沖美町役場の庁舎が白く輝き、その先の薄墨シルエットで浮かぶ厳島の山々に対比します。
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