是長 入鹿明神社 2/3

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入鹿明神社の拝殿はそう大きくはないのですが、奉納品が多種で、品数も沢山捧げられています。

ただ、海岸から数十メートルの距離に建つ拝殿に、潮風が吹き抜けるのは当然ですが、巻き上げた砂をつぶてのごとくに叩きつけてきますので、社殿や奉納品の傷みは想像以上だとおもいます。

拝殿正面には「入鹿神社」の社額があり、右上には般若面、左上の木の根っこは鹿の頭部骨格によく似ているので奉納されたのでしょう。

左下には舵輪があり、その下に赤く塗られた船の舵には、奉納 明神丸 平成八年 向田敏明とあります。
このようなタイプの舵は、近年の船で見ることはありません。
長い舵は帆走船の安定板ともなり、舵ききもよいのですが、砂浜やスベリに乗り上げる場合にそのままだと破損しますので、船上から舵を引っこ抜くことができるよう作られています。

さらには、舵床を自在とすることで舵を垂直に立てたり(たてかじ)後退角を持たせ(ながれかじ)て浅海航行もできる万能舵です。

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奉納 平成十四年十一月二十七日 野坂博子 とあります。

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平成十五年 奉寄進 向田敏明 とあります。

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鮭の木彫り。 光司と読めます。

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奉納 広島市中区舟入幸町?-?? 道田政雄 平成十年六月十五日

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奉納 平成十五年十月吉日 藤本正氏 中町出身

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重量物を背負って山道を歩くのにとても便利な「背負子(しょいこ)」平成十四年三月吉日が奉納されています。
その左には「棒ばかり」や「灯油ランプ」も見えます。

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奉納 道田房吉 明治参拾八年拾壱月吉祥日

絵馬は日露戦争(明治37年2月8日~38年9月5日)の日本海海戦(明治38年5月27日~28日)勝利を記念したものでしょう。

すべての読み取りはできませんが・・・
帝国明治三拾八年 日本海大戦露国婆艦隊全滅際我一部艦隊 敵艦アリヨール・ニコライ一世・アブラキシン・セミヤブイン四艦捕獲???

右上の小さな島にはタケシマ(竹島)、左上方の島にはウツリヤウトウ(鬱陵島)の文字がみえます。

多数の艦影は当時の日本海軍主力艦のようです。

婆艦隊とはバルチック艦隊のことで、敵艦アリヨール・ニコライ一世・アブラキシン・セミヤブイン四艦は海戦で降伏捕獲された「オリョール」・「インペラートル ニコライ1世」・「ゲネラル アドミラル アプラクシン」・「アドミラル セニャーヴィン」の艦名です。

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大元帥陛下???廣嶋?發??之圖
當村 大下寅松
明治廿九年九月吉日

s-大元帥陛下御親征広島御発車之図
入鹿明神社奉納絵馬と同じ画像が、ウィキペディア「広島大本営」に掲示されていました。

「大元帥陛下御親征広島御発車之図」とよばれ、画家「瀧川三代太郎」の作品です。

ちなみに、広島大本営は、1894年(明治27年)に勃発した日清戦争の戦争指揮のために広島県広島市の広島城(現中区基町)内に設置された、大日本帝国軍の最高統帥機関です。

大本営は明治27年9月13日宮中より広島へ移転、2日後に明治天皇の広島行宮となり、下関条約調印後の明治28年5月30日までの227日間、広島城が大日本帝国の宮城となりました。
その後も戦後処理のために残った広島大本営ですが、明治29年4月1日、詔勅によって解散消滅しました。

以上ウイキペディアの要約・・・m(__)mです。

s-2015-03-25 186 
???陛下陸軍??病院?御行啓之圖
當村 野???
???九月吉日

他にも、佐伯郡沖村字是長平本浦吉 明治参拾九年???など
辛うじて読める絵馬、まったく判読できないものまで数点が残ります。

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変色していますが、入鹿明神社前に広がる「入鹿海水浴場」のカラー写真(平成初期?)で、中央の白い建物が「サンビーチおきみ」です。

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境内には鐵錆に染まった大きな錨(アドミラルティ型ストックアンカー)が奉納されています。
説明では、「宮島 龍宮丸」昭和五十四年八月 鹿田港にて解体 
寄進者 浜田利歳明 平成十一年十一月吉日 とあります。

s-竜宮丸 
島巡り遊覧船「龍宮丸」の絵葉書?です。
(この画像は「東北芸術工科大学東北文化研究センター・アーカイブス」よりコピペ・・・m(__)mです。)

昭和30年代から45年頃まで使用されていたと云いますので、私も見てはいるはずなのですが記憶にはありません。
島巡り遊覧船と記されていますので、団体客の予約専用船だったのかも???です。

s-乙姫丸201311
画像はグーグルストリートビュー2013年11月です。

龍宮丸とは姉妹船となる乙姫丸は音戸町田原の県道35号線わきで、つる草に埋まっていたのですが現在は???です。
画像中央上部にマストがみえます。
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