是長 照高山長徳寺

s-是長・長徳寺
浄土真宗本願寺派「照高山長徳寺」は、始めて尋ねる方には少し分かりづらいのですが是長港から海岸バイパス道に沿って少し南に下がり、県道36号線を目ざして坂道を登りますと、頭上に本堂の大屋根と鐘楼山門が日差しを遮り大きな影となって現れます。

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沖美の海を眼下に見て建つ照高山長徳寺山門です。
この風格ある鐘楼門は、学徳に秀でた十三代住職見真により天保のころ建立されたといいます。

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鐘楼門からは真っすぐに本堂が見通せます。

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仰ぎ見る庇の造形美です。

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一礼して山門の下をくぐらせていただきました。

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「長徳寺」が開かれたのは永禄5年(1562)、果てしなき戦国の世、その真っただ中のころです。
是長の住人である高山喜右衛門が出家、僧至頭となって庭に庵を結び、山号を「松夢山」寺名を「長徳寺」としました。
のちに山号は「照高山」と改められ、十一代恵林のとき現在に見るの本堂を再建(寛政三年・1791年)したと云います。

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合掌し、ふか~~~く、一礼・・・ m(__)m です。

張り出した庇を支える左右の向こう柱の脇に巨大な木の根っこが置かれています。
昭和の頃には境内に巨大な松の木が二本あったと云いますので、おそらくは松枯れにより倒されたその松の根を掘り返し、その大松を記念したものだろうと思います。

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本堂の引き戸は近年改装されたものでしょう。
まだ白木の輝きが残っています。

奇異に感じるのは中央部の扉の左右にみえる、禅寺の開き戸をイメージするような部分です。
仔細は知りませんが、かっては回転用支柱のある開き戸だったのかも???・・・です。

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境内を引き立てる対の大燈籠がたちますが、この優美な燈籠も十三代見真の建立といわれます。

そして見真和上の徳をたたえる一枚の石板が建ちます。

見 真 和 上 頌 徳
見真師は寛政十一年生誕
長徳寺第十三世住職にして狼峰と号す。幼にして穎悟学を好み父真利師より宗余乗の講を受け、更に右泉師の門を敲いて天台学の研磨に勉むること多年。ために学徳大いに進み学階司教に補せらる。自坊に学寮を設くるや島地黙雷、赤松蓮城二師を始め遠近より多数の寮生参集してその薫陶を受く。この間鋭意門信徒の教化に努めたれば宗風大いに揚り後世に至る迄その高風を景仰追慕せざるものなし。
明治六年九月二十五日示寂す。
時に、年七十五

昭和四十七年八月下旬
選 専念寺第十四世住職 寺尾晃宣
書 長徳寺第十六世住職 高山止観

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時期は不明ですが、本堂大屋根の葺き替えもされたようです。
記念となるべく寛政三年(1791)建立の本堂鬼瓦が残されています。

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唐破風屋根の庇をつけた白壁のお経蔵も建ちます。

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山門を出て、今一度振り返りますと、鐘楼台の薄明りに南無阿彌陀仏の文字が浮かびます。
合掌 ・・・ です。

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長徳寺の大屋根の上に、大黒神島のシルエットが天蓋となってかぶります。

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沖農道からみた是長集落と長徳寺本堂の銀屋根、その沖に瀬戸の海がただ碧く碧く・・・です。
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